2008.10.16
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「ハウツー」と「ハート」

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

先日、高校時代の恩師に会いました。卒業後も欠かさず連絡を入れていた先生でしたので、約1年ぶりの再会です。前回お会いしたときには、「私が特別支援教育コーディネーターとして地域の小・中学校、高校、幼稚園・保育園、学童クラブなどを巡回し、気になる子の支援にあたっていること」、「都立の高校でもすでに特別支援教育コーディネーターが指名され、高校レベルの特別支援教育が始まっていること」、「不登校、授業妨害、非行などの教育問題は、従来ならば生徒指導や教育相談という領域で取り扱われてきたが、実はなんらかの支援を求めているという視点に立たなければならないこと」などを話していました。

再会して、今回はこんな会話からスタートしました。

師:川上に、「都立の高校ではもう特別支援教育が始まってる」って聞いたから、うちの学校(埼玉県にある私立高です)でもこの夏、研修を組んでもらったよ。

川上:そうでしたか。

師:大学の先生に話してもらったんだけど、どうも理屈っぽいところがな~。おれは、やり方の問題じゃなくて、そいつ(生徒一人ひとりのこと)を心底考えてやれるかっていう「気持ち」の問題だと思うんだ。

川上:同感です。ハウツーより、ハートだと思います。

師:そうだよな!

高校時代の私は、生徒指導室に呼ばれることが多い生徒でした。つまらないことで停学処分を受けた経験もあります。教師という職業を目指したいと本気で考えたのは、そのときからです。

先生は私にこう告げました。「世の中の教師が、みんな“できる”ヤツばかりでどうする?! お前なら、“できない”ヤツの気持ちもわかる教師になれるはずだ!」

以来、先生には人生の節目節目でお世話になってきました。いつも「お前にとことん付き合うよ」という姿勢で受け止めてくれました。我が家の両親もこっそり先生に相談していたことがあったようで、高校卒業後にそんな話を聞きました。

時は流れて、私は本当に“うまくできない(けれど魅力いっぱいの)”子どもたちの教育に携わることになりました。そして、この領域は、できないことに寄り添うといったハートの面だけでは不十分であることを知りました。よくないパターンを抑制する方法や、よいパターンを促進する方法を知り、あらためて指導法や指導技術といったハウツーの大切さを学びました。

地域の小・中学校を回らせていただくと、確かにハウツーを求められます。すぐにできる具体的なことを話してほしいという依頼が大半です。立場上、こうしたらうまくいくという方法をお伝えしますが、一方で念押ししていることもあります。それは、こんなことです。

「自分がもっと楽になるために」という気持ちが根底にあると、どんな方法でもまずうまくいきません。ハウツーだけでは上滑りするんです。でも、「その子のために何とかしたい」、「その子のためならとことんする、自分を変えることも厭わない」、というハートが根底にあれば、この方法によって確実によくなると思います。

実際に、授業観察などでクラスを訪問すると、ハートや気概をもった先生のもとでは、子どもたちは実に落ち着いて授業を受けていたり、のびのびと個性を発揮できたりしています。「その子のために」というハートが、研修意欲や教育実践力をも高めるのでしょう。もうすでに、特別支援教育のハウツーが自然に取り入れられています。そんな先生に、先週は2人も巡り会うことができました。

恩師との再会は、ハウツーの土台としてのハートの大切さに改めて目を向ける機会となりました。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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