2008.08.08
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就業体験から

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

私は、ある在宅介護施設で生徒(A君)と一緒に過ごす機会を得ました。
ことばで表現しきれない数々の衝撃を得た体験となりました。私は、近くにある同様の施設の玄関先で自分の子供たちを預け、迎えに行く毎日を送っていました。しかし、それはあくまで一人の利用者としての立場にすぎなかったのです。今回は初めて、準(?)職員のように、中からの体験をさせていただきました。

ところで、皆さんは、『富山型(方式)デイケア』という言葉をご存じでしょうか。
高齢者、障害者、乳幼児を一緒にケアするこの民営ディケアサービス施設に、1997年に富山県が全国の自治体にさきがけて補助を出したことから「富山型(方式)」と呼ばれるようになったそうです。
参考:『このゆびとーまれHP』 http://www.geocities.jp/kono_yubi/

7月下旬から、視覚障害の生徒の受け入れをお願いしました。この施設も過去に様々な障害のある方を受け入れてこられました。しかし、あまり視覚障害の方に関する受け入れや支援については、蓄積がありませんでした。職員の方も、実は、どのようにA君に接していいのか非常に戸惑われたようです。私はA君の緊張を少しでも緩和することと、この施設での就業体験が、ソフトランディングするようにという立場で、一日横にいました。

さて、ここには認知症と思われる方が何名かおられました。
でも、認知症と一言で表しますが、その程度や症状というのは、一人ひとり違うことに気付かされました。当たり前なのでしょうが、こんなことも意識せずに今まで過ごしていました。ですから「認知症」の介護や支援といっても、千差万別なのです。認知症だからこうすれば良いとか、ああすれば良いという公式みたいものはありませんでした。教科書やマニュアル通りにいかないことが普通なのです。なんと学校で教わってきたことが淡泊だったのでしょうか。臨機応変やフレックシブルが求められます。

周りの物を手に取って、自分の持ち物としてしまう傾向の方がおられました。その方は、帽子でも置いてあると、無意識に自分の物にするのです。職員の方に伺うと、その方には、帽子が帽子として認知されているかどうかも怪しいそうなのです。時々独り言を言います。聞こえてくる内容からすると、子供を叱りつけているようです。その方の頭の中には、もしかすると自分の育てた子供を50年ほど前に遡って、注意しているのかもしれません。目が見えているようですが、焦点が定まっていないので夢遊病のような状態で、日中を過ごしているのでしょうか。

別の方は、相撲のお話を生徒と一緒に話し相手になって下さいました。しかし、記憶が定着しないようで、30分もすると前に話した内容を忘れてしまうようです。私は生徒の住所と電話番号のメモを渡したのです。話の流れから、今後連絡を取り合おうということになったからです。でも、帰り際に、その方は、職員のひとりに「私は、今どうしてこの住所のメモを手にしているのだろうか」と不安になってしまわれました。幸い、職員の機転で、そのメモは預かっていただくことになりました。生徒には翌日になって、昨日の人は、「少し忘れっぽい方なので、約束した話は実現する可能性が少ないからね」と期待を持たせすぎないように、話しておき納得させました。

もう一人の方は、食べ物に執着する人でした。今一緒に昼食を食べ終わって、お腹がふくれているはずなのですが、スキがあれば、隣の人のお皿を狙っているのです。ちょっと目を外すと、ビスケットの箱の置いてある台所の食器棚の方へも行こうともします。食べ物を、この人の目に入るところに置いておくことができないのです。私は、急いで味わう余裕もなく自分の食事を終わらせました。

「認知症」一つみても、多種多様なことが分かりました。この「認知症」に加えて、耳の聞こえ具合の程度が違ってきたりします。また、歩行介助が必要な方など、複雑さが増してきます。昼食時に、持病に応じて様々なお薬を服用されています。その薬も職員の方が、間違いが決して起こらないように、分別し色分けや洗濯はさみなどでラベリングをしておられました。工夫に勝る知恵はないと実感しました。

わたし自身が、祖父母と一緒に生活していたわけではありませんでした。また、結婚してからも、実の両親とも離れて生活しており、比較的健康に恵まれ介護等の世話に関わることがなく二人とも他界しました。そのため、高齢者福祉や介護に関しては、身近に逼迫したものと感じることがないままでした。

今現在、様々な状態で介護や福祉に関与しておられる方々や、過去に身内の方のお世話等をされていた方々からすると、私は、本当に「世間知らず」だとお叱りを受けるような状態かもしれません。この就業体験から様々な発見がありました。それらが社会で問題になっていることと、少しずつ繋がってきています。

視覚障害についても、一人ひとり障害の度合いが異なります。だからでしょうか、盲学校に限らないのですが、特別支援学校では、『個別の教育支援計画』という書式が存在します。その児童・生徒への支援履歴と自立度合いなどが記されたものです。これを元にして新しく担当する教師なり集団が、児童・生徒の自立を達成するために何を学校で支援すべきなのかをいくらかは明確にしたものです。当然、学校だけでなく、家庭や地域や医療機関などとの親密な連携も求められることになるのです。
参考『個別の教育支援計画』http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2002/021004a.htm

実は、この施設でも、職員の方々が一人ひとりの利用者の状態を的確に把握し、その個に応じた接し方や対応を工夫してやっておられることに驚きと感動を覚えました。利用者一人ひとりのファイルがあり、毎日の様子を記録しておられました。次への引継ができるように、それと以前との比較や変化を比べられるようになっているのではと思いました。

私はA君の就業体験に引率してという身分ではありましたが、実は家庭的な雰囲気のディサービスに不思議と居心地の良さを覚えて帰宅しました。

私は、日焼けではないのですが、この就業体験で一皮むけた夏を迎えています。

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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