2008.08.07
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相談スキルを育てる

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

「うまくできない子ほど、人を頼らない(頼れない)」・・・。たくさんの子どもたちとの出会いを通して感じてきた、率直な感想です。

例えば、友だちが楽しく遊んでいる長縄跳びを、いきなり引っ張って邪魔する小学校1年生の男の子。友だちも、その子の自分勝手な振る舞いに腹を立て、その後、エピソードを聞いた先生もみんなの邪魔をした行為を強く叱ります。しかし、その直前から様子を見ていると、回転する縄の中に必死に入ろうとしているのにタイミングを合わせるのができなかったという、行動の布石となる出来事が潜在していることに気づかされます。やりたくてもできないから、気持ちを「縄」にぶつけたのです。

難しい、困った、わからないと感じる場面で、「難しくて、自分ひとりじゃちょっと無理かも・・・」、「困っているから、助けて・・・」、「わからないので、手伝ってほしい・・・」、こんな風に言えればもっと楽しく過ごせる時間が増えるのですが、うまくできない子ほどこうやって人を頼ることが苦手なようです。加えて、自己流・我流でやろうとするためにかえって間違った結果になることも多く、いっそう自己否定的な気持ちを強く抱いたり、虚勢をはったりすることが増えてしまいます。

できないときに、わめいたり、邪魔したり、逃げたり、めちゃくちゃにやったり・・・という場面を見かけたら、ぜひ、「できない上に、その気持ちをうまく伝えるスキルが足りないのだ」という見方でその子を見てあげてください。誤解のないように付け加えておきますが、「傷つきやすいからかばってあげましょう」とか、「あたたかい目で見守ってあげましょう」といった情緒論で話を終えようとしたいわけではありません。相談スキルの弱さに気づき、相談スキルを育てるという発想の転換が必要だと思います。

ところが、「こういうときは相談するといいんだよ」という人生訓的な言い聞かせ指導だけでは、子どもたちの行動はあまり変わらないように思います。なぜでしょうか? それは、「できなくて悔しい」、「できている人が羨ましい」、「うまくいかない自分が情けない」、「本当はできるようになりたいのに、失敗が続くのがもどかしい」などのような悲観的・否定的な感情の“命名”ができていないからです。

先ほど例に挙げた小1の男の子。その瞬間の彼には「ムカつく」、「ウザい」といった他者に向けた大雑把な気持ちしかありません。そこで、縄跳びを引っ張って邪魔しようとするその瞬間、さっと間に入って、「悔しいね、じゃあ、一緒に練習がんばろうね」、「みんなが羨ましいよね。だから教えてもらおうよ」、「うまく飛べない自分が情けないよね。誰かに慰めてほしいよね」といった言葉をかけてあげると、それらの言葉をもとに自分の感情を整理・命名することができ、他者への相談に向かう気持ちを育てることもできます。最終的に「できないことはできるようにする」、これが本当の解決です。そのためにも、本人が「相談すること」に価値を見出すようにしなければなりません。

藤川洋子先生(京都ノートルダム女子大学教授)は、ご著書「なぜ特別支援教育か ~非行を通して見えるもの~」(日本標準刊)において、こうした自己否定的・悲観的な気持ちを「ネガティブな感情」と整理し、これらの感情の整理がいかに重要であるかを示唆してくださっています。

以下、同書p.30より引用します。

年齢があがればあがるほど、毎日の生活の中に、「うれしい」「楽しい」だけではなく、ネガティブな感情がわき起こることが増えるはずですが、こうしたネガティブな感情が命名されていないと、子どもたちは自分の感情を伝えることができません。結局「うざい」のオンパレードになったり、言葉にならずにキレてしまう、つまり行動化してしまうことになると思うのです。

以上で、引用部分は終わりです。

従来型の指導(家庭での子育て場面も含めて)では、表面的な不適応行動だけを取り上げて、叱って終わりといった方法がとられてきたように思います。もちろん、叱ることが良くないということではありませんし、起きてしまった不適応行動に厳しい態度で臨むことも教育上必要なことだろうと思います。しかし、その前後の状況や背景となる人間関係には必ず教育のヒントが隠されているはずですし、本人の「やりたくてもできなかった」という感情の揺れを読み取とうとする丁寧さがあれば、多くの子どもたちがもっと自分を信じようと思ってくれたかもしれません。

特別支援教育が通常学級でも真剣に論じられるようになってきた中で、多くの先生方が関心を持ってくださるようになったのはありがたいのですが、寄せられる質問の中には「○○ができない子にどんな指導をすればよいか」とか「自己中心的な行動で手がつけられない、こんな場合どうしたらよいか」といった内容のものがあります。前後の状況はどこまで把握できているでしょうか? その子にどこまで相談スキルが備わっているのでしょうか? 私からもそんな投げかけをさせていただき、今日のテーマ「相談スキルを育てる」を終わりにしたいと思います。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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