2008.07.24
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「キレやすい子」再考

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

にわかに、掲示板が特別支援教育の話題で盛り上がっているのを感じます。今回は、私なりに「キレやすい」と言われる子をもう少し掘り下げて考えてみます。

まず、「キレやすい」という表現そのものが非常に曖昧でいくつかの誤解を生じやすいということを理解しておかねばならないと思います。

例えば、自分が大切にしているものをいきなり他人に壊されたり、奪われたりして「キレない」人がいるでしょうか。私なら「キレる」と思います。それから、理由も聞かずに叱られたり、怒鳴られたりして「キレない」人がいるでしょうか。私だったら、いきなり行動には移さずとも、怒りはこみあげてくると思います。もちろん相手によっては、その場ではキレることができず気持ちを無理やり抑えるかもしれません。ただそれでも、腹が立つという気持ちは拭いきれないと思います。

つまり「キレやすい」と言われる子を分析するには、こちら側の心構えから見直さなければならないということです。まず、キレるには、それなりの原因があります。そして、怒りや憤りといった感情は誰もが持ち得る感情だということも理解しておかねばなりません。

こういった基本的な前提を抜きにして、「キレやすい」という先入観でその子を見てしまうことが少なからずあるのではないでしょうか。実はこれこそが指導上の見えない敵になることが多々あります。何かあるごとに「またお前か!」と否定的な言葉をかけられる、何もなくても「勘違いされるような振る舞いを普段からしているお前が悪い」と話を終えられる。これでは、何の解決にもならないのは明白です。

指導のポイントの第一は、行動の原因は何かと探る姿勢を持つことです。キレやすいと言われる子の多くが、状況理解や状況説明があまりうまくできませんし、断片的に物事を見ていることが多いので、ところどころ状況を思い出すことを補ってあげる支援を求めています。「なぜこんなことするんだ!」とばかりに本人だけに原因を語らせるのではなく、一緒に原因を探っていく姿勢が何より大切です。

どんなにキレやすいと言われる子でも四六時中、場面や集団に不適応だという子はまずいません。巡回相談に出かけると、「今日はとても落ち着いていて・・・」とか、「さっきまで手がつけられなかったのですが、今は大丈夫のようです・・・」といったことが少なくありません。解決のためのアプローチの第二のポイントは、「キレていない場面」に目を向けるということです。

この第二のポイントについて、雑誌「児童心理」(金子書房)の2008年7月号、114~119ページでは、阿部利彦先生(埼玉県所沢市教育委員会健やか輝き支援室)と今井正司先生(早稲田大学大学院人間科学研究科・川村学園女子大学非常勤講師)のお二人の支援の“達人”が、全く同じ見解を示されていました。阿部先生は、「乱暴でないとき」の行動パターンを把握できなければ、「乱暴なとき」の行動に結びつくきっかけを見つけ出すことができないと言います。今井先生はこの点をさらに強調して説明されていました。

以下、同118ページより引用します。

「乱暴な子」は何も悪いことをしていないにもかかわらず、「オマエ、今日は悪いことしていないだろうな?」と気分が悪くなるような言葉かけをされてしまうことがあります。子どもが問題を起こすことを前提にかかわってくる先生の場合は、何を言ってもたいてい効き目がありません。それは、子どもの側からすれば、「あの先生はオレを信用していないから何をやっても無駄だ」とあきらめているからにほかなりません。

以上で、引用は終わりです。

キレていない場面に目を向けてくれる、場面適応しているところを取り上げてくれる、これだけでも子どもたちの行動が安定したものに変わっていくと思います。

さて、原因を探ると言っても、実は私たちには理解しにくい、読みとりにくい原因もあります。そこで、指導のポイントの第三として「知識」を上げたいと思います。

バックナンバーでも取り上げた「感覚過敏(2008年4月3日の記事)」は、最も理解されにくい原因の一つです。

「授業中にカタカタを机やいすを鳴らす子(2008年2月7日)」では、固有受容感覚という感覚のセンサーが鈍い子を取り上げていますが、この場合も、相手への接し方が乱暴・粗野、周りからの接触には敏感といった行動を起こしやすくします。

「友だちとのトラブルが絶えない子(2007年5月17日)」では、記憶の弱さ(以前にあった類似した経験との結びつけがしにくい)・ことばの使い方の弱さ(場面ごと・状況ごとに異なって使われる意味、含みのある言い回しを理解しづらい)・メタ認知の弱さ(こうすればうまくいくといった自分を客観的に感じる見方の困難)・自分の身体のコントロールの弱さ(自分の身体の動かし方がわかりにくいと、当然ながら動作が稚拙になりやすくなる)・視知覚・聴知覚の弱さ(状況の中から、必要な視覚情報・聴覚情報を取り出すことが難しいため、結果的に状況判断が困難になってしまう)などの多面的に原因をとらえる必要性を述べています。

以上、「キレやすい」と言われる子へのアプローチの3つのポイントを特別支援教育の立場から示しました。「キレやすい」で片づけるのではなく、また、「愛情不足」・「しつけ不足」と結論づけるのでもなく、逸脱行為について「そうせざるを得ないのはなぜか」をさぐる視点が大切なのだと思います。そう考えると、特別支援教育は、周りの大人たちの考え方や見方を根本から変えることを本来の目的にしているような気がしてなりません。

最後に一つだけ、知識について追加してお伝えします。感情や動機をコントロールするものの一つとして、脳の中の神経伝達物質が関係していることがよく知られています。その中に、脳のブレーキとして働く「セロトニン」という物質があります。このセロトニン、実は女性と男性の量の平均を比べると、圧倒的に男性のほうが少ないと言われています。さらに興味深い文章を、藤川洋子先生(京都ノートルダム女子大学)の著書「少年犯罪の深層」(ちくま新書)に見つけることができました。

以下、同119ページより引用します。

非行少年の食生活は不規則であるうえに内容もレトルト食品やファーストフードが多い。偏食もけっこう激しい。三食をきちんと食べる非行少年にはまずお目にかからないほどである。少年鑑別所に収容されたあと、たった三週間ほどの間に少年が日に日に落ち着いてくるのは、食事の効果も大きいように思う。

以上で引用は終わりです。

セロトニンの分泌を高めるには、「選択的セロトニン再取り込み阻害剤」のような服薬という手法もありますが、基本的には、規則正しい生活、食事、運動、睡眠が何より大切・・・と専門家の多くがおっしゃっています。少年鑑別所では、否が応でも規則正しい生活リズムを強いられますが、そのことがセロトニンの分泌を活性化させるのかもしれません。早寝・早起き・朝ごはんというキャッチフレーズも納得できるものがあると言えそうです。

昼夜逆転しやすい夏休みです。心の健康のためにも、規則正しい生活を。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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