2008.07.10
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

「友だちをわざと興奮させる子」から読み取れるつまずきのサイン

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

掲示板に書き込まれた内容をいくつか拝読していて、特別支援教育の領域で語られている視点や支援があれば、もう少し不安が解消されるのに・・・と感じることが少なくありません。今回取り上げるケース(仮想事例ですが、一般的に見られやすいクラスの場面を取り上げます。)も、そんなケースです。

小学校低学年の女の子Aちゃんは、比較的早期に診断がついた子で、対人関係面でのつまずきや戸惑いをソーシャルスキルトレーニングなどで上手にコントロールできるようになってきたところです。ところが、小学校に入学してみると、せっかく身につけたソーシャルスキルが男の子たちからの「からかい」や「いじられ」の対象になりました。やけに丁寧な言葉づかいや、からかう声を聞き逃せない性格を男の子たちから目ざとく見抜かれてしまったのです。

国語の時間、Aちゃんは苦手な読解問題に一生懸命取り組み、発表する機会を得ました。いつも声が小さくなりがちなAちゃんが、少しばかりの勇気を振り絞って発表した回答は80点くらいの、まずまずの内容でした。ところが、発表し終えたその瞬間、「違うよ!」と声をかける男の子がいました。その男の子も、回答で足りなかった20点分の内容のことが気になったのかもしれません。あるいは、「違うよ!」と言えばAちゃんがパニックに陥ることを知っていてこう言ったのかもしれません。

Aちゃんはすぐさま「そうだよ!」と反論しました。男の子はさらに「違うよ!」とたたみかけ、Aちゃんは泣きそうになりながら「そうだよ!」と再び返しました。男の子が4回目の「違うよ!」を言ったとき、Aちゃんはみんなが驚くほどのパニックを起こすまでに追い込まれてしまいました。

それ以降、Aちゃんは、発言の場面での声量が一層小さくなってしまいました。

このようなケースの場合、「パニックを起こす子」が特別支援教育の領域で取り上げられ、一方のパニックを誘発させる男の子のほうは生活指導の領域でかろうじて取り上げられる(あるいは、取り上げられることすらない)といったケースが多かったように思います。しかし、ここに特別支援教育に対する誤解があります。この男の子自身も、相手の気持ちや状況を読み取ることが難しい、細部にこだわる、もっと注目してほしいなどのつまずきがある子、支援が必要な子と考えなおす必要がありそうです。

話しはそれてしまうかもしれませんが、小学校の低学年の子の中には、自分と違うという事実だけを取り上げて「そんなことやっちゃダメなんだよ!」という厳しい言葉かけをする子がいます。相手のよいところまで「ダメ」と指摘する子も多くなってきているように思います。

それでは、具体的な指導について触れたいと思います。Aちゃんには、相手の子は、感情的になるのを期待してからかっているんだよ。だから、「そうだよ」って意地になっていうことは、余計に相手の思うつぼなんだよ、とその場の状況をマンガの一コマのように絵に描いて見せながら伝えます。しかし、「ちがうよ」という相手の子の言葉を「雑音」として聞き流せるほどの力はまだAちゃんには備わっていません。納得はできていてもやはり「ちがうよ」という声が聞こえればそれを打ち消さずにはいられないようです。

だとすれば、Aちゃんをわざと興奮させる男の子への指導の工夫や、クラス全体をあたたかい雰囲気でいっぱいにする工夫が必要になってきます。私は、相手の男の子が障害児であると言いたいわけではありません。反応が返ってきやすい子をからかう「愉快犯」のような子や、嫌がることをわざと続けてパニックを誘発する「模倣犯」のような子も、実はからかわれた子の気持ちが読みにくい子たちであることが多いので、その子たちにも状況を見せてあげる工夫や、否定的な声をかけずにいられた場面はすぐに誉めてあげるなどの指導の工夫が必要だと思います。

「否定的な声をかけないでいられること」は一般的には普通なことなので、あえて取り上げて誉めるような事がらではないと思われがちです。しかし、そこから始めなければ、行動の修正はなかなか進みません。今までだったらしつこく声をかけて周囲を不快にしていたような場面で、そうせずにいられたというだけでも、「今、嫌なことを言おうとしたけど、グッと我慢できて偉かったね」と瞬時に取り上げてあげる必要があります。その一方で、否定的な声掛けが出たときには、こちらも瞬時に「ちょっと待って、その言葉は絶対いけない」などと制止するよう常に教師側が心の準備をしておく必要があります。

特別支援教育を限定的(狭義)にとらえれば、障害のある子への適切な指導や支援ということができます。しかし、今回のケースのように、診断がついている子よりもむしろ周りの友だちの子への対応のほうに優先的に取り組まざるをえない学級が決して少なくないのが現実です。特別支援教育をもっと広義に、そして柔軟に受け入れていただいたほうがよいのではないかと思っています。

※ 今回参考にさせていただいたのは、所沢市教育委員会の健やか輝き支援室の支援委員をされていらっしゃる阿部利彦先生の『発達障がいを持つ子の「いいところ」応援計画』(ぶどう社、2006年)です。この本には、通常学級での特別支援教育のヒントがたくさん詰まっています。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

同じテーマの執筆者
  • 吉田 博子

    東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年

  • 綿引 清勝

    東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)

  • 岩本 昌明

    富山県立富山視覚総合支援学校 教諭

  • 郡司 竜平

    北海道札幌養護学校 教諭

  • 増田 謙太郎

    東京学芸大学教職大学院 准教授

  • 植竹 安彦

    東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士

  • 渡部 起史

    福島県立あぶくま養護学校 教諭

  • 中川 宣子

    京都教育大学附属特別支援学校 特別支援教育士・臨床発達心理士・特別支援ICT研究会

  • 髙橋 三郎

    福生市立福生第七小学校 ことばの教室 主任教諭 博士(教育学)公認心理師 臨床発達心理士

  • 丸山 裕也

    信州大学教育学部附属特別支援学校 教諭

  • 下條 綾乃

    在沖米軍基地内 公立アメリカンスクール 日本語日本文化教師

  • 渡邊 満昭

    静岡市立中島小学校教諭・公認心理師

  • 山本 優佳里

    寝屋川市立小学校

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop