2008.05.30
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グランドソフトボール

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

毎週水曜日と木曜日は、グランドソフトボール部の活動日です。生徒の人数がなかなか揃わないこともあるので、私たち教職員もかり出されて練習を一緒に手伝います。今日は、岩本が捕手でした。30数年ぶりの野球デビューです。

所で、グラウンドソフトボールってご存じですか。視聴覚障害者向けの「野球」のことです。ルールの一部をここに紹介します(参考http://gurasofu.web.fc2.com/)。
1.使用球は、ハンドボール大のボールです。中に鈴などは入っていません。
2.1チーム10人制です。全盲選手が4人以上いなくてはいけません。
3.投手は全盲でなければなりません。捕手は手を叩くことによって投手にストライクゾーンを伝えます。言葉での指示は不可です。
4.走塁も、全盲者には、ランナーコーチが手を叩くことによって塁の方向を指示します。また、全盲選手がぶつかったりするのを避けるために、走塁用ベースと守備用ベースが分かれています。

前述のルール紹介でも触れていますが、捕手はミットを構えるのではなく、手を叩いて投手にストライクゾーンの場所を示します。「ポン、ポン、ポン」と3回手を叩きます。この、手を叩くという動作も、実際皆さんは上手に叩くことができるでしょうか。ここで説明することは難しいのですが、「ペチャ、ピチャ等」ではなく、「ポーン、またはポン」という響きのある叩きかたが求められるのです。手の平を上手い具合に合わせて空気を包むように、そして響くように叩くのは思いの外やっかいで苦労しました。

私は、ピッチャーにきちんと届くように、そして良いピッチングに繋がるようにと、緊張しながら一生懸命に手を叩きました。戸外で手を叩くことを、これほど真剣にしたのは生まれて初めてだと思います。手を叩くこと一つも奥が深い動作なのだと気付きました。手を叩く音が、耳だけを頼りにしている人には、非常に重要な意味を持つことも改めて知らされました。

でも、私の手の音では、ピッチャーは、なかなかストライクゾーンにボールが入りませんでした。するとある先生が、「ハイ、ハイ、ハイ」と声も出して手を叩くように、私にアドヴァイスをして下さいました。ルールでは声に出すことは認められていませんが、投手が配球しやすくするためには、必要なステップでした。

実は、この簡単そうな「ハイ」と言う一語すら、私には簡単ではありませんでした。30分近く発声するうちに、やはり相手に届く音声や音量を私なりに意識して少しは変えてみました。手の音に加えて、「ハイ」という声が投球の方向を確かなものにしたようで、ピッチャーがストライクゾーンに入る率が高まりました。

それでもまだ、ピッチャーは本来の力を出し切れないようです。先ほどの先生が、「ピッチャーが投げる状態になったら、自分で『O.K.』など意思表示を、キャッチャーにしなさい」と、投手に助言してくださいました。

私は、「ハッ」としました。投手のことを意識して、手を叩いて、声を出してきたつもりでいたのです。実は、投手の(投げる準備ができた、できていないという)気持ちや状態までを、考えずに、私の(今投げる状態になったなという)思いこみや私の勝手なペースで投球を促してしまっていたのです。

今度は、投手が自分から投げる準備ができるようになったと一声が私にかかってから、手を叩き、「ハイ、ハイ、ハイ」と言うように投球を投手主体に変えてみました。驚いたことに、ストライクに入る率が格段に向上したのです。10球中1~2球のストライクから、7~8球になりました。投手が自分のペースを保てることがとても大事なのだとわかりました。

私も少しずつ嬉しくなってきました。もちろんピッチャーが一番喜んで自信をつけたようです。

私は、キャッチャーとしてのお手伝いしか出来なかったのですが、「ポン」という手の叩き方にも、手の平のどこをどのような角度で、そしてどの程度の力加減で合わせると比較的響きの良いものになるのか試行錯誤していました。また、声の出し方(発声法)や「ハイ」と「ハイ」というかけ声の間の取り方など、無意識に工夫を凝らしていた自分を、第三者の立場として眺めてもいました。

しかし一番は、手を叩くことや声の発声法よりも、「投手が投げる状況になっているかどうか」という心理的な部分が重要な部分を占めていたようです。何よりも大切なのは、支援を受ける人の立場や状況を、どれだけきちんと理解把握するか、そして、そのために相応しい(ある時は)待ちの姿勢や対応を的確にどのように取ったらいいのかに気付くことができました。いくら一生懸命に行っても、こちらの思いこみだけの支援では、上手く相手に効果が現れない一つの例になりました。

グラウンドソフトボールのお陰で、私の手は血行が非常によくなり、喉の声帯も少しは(?)強化されたようです。何はともあれ、生徒の練習を応援することを理由に、自分が少年時代(?)の田圃での草野球と重ね合わせて、密かに一緒に楽しんでしまったようです。

前任校での体育大会も盛会で、生徒らの「やる気」が生かされることを祈って。

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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