指導案は、AIに書いてもらえばいい? ーそれでも自分で書く理由ー
前回、単元計画には「伴走線」が引かれる、という話を書きました。子どもの学びの線の隣を、教師が授業と授業のあいだに並んで走る線です。そして、その線は単元計画を書くことで頭の中に引かれるものだと書きました。
書くことで引かれるのなら、書かなくてよくなったら、どうなるのでしょうか。
福島市立福島第一小学校 教諭 横山 淳平
数十秒で届いた指導案
先日、試しに生成AIに4年生社会科「水はどこから」の単元計画を頼んでみました。数十秒で、単元目標、各時間のねらい、学習活動、評価規準まで、ぱっと見にはきれいに並んだ計画が返ってきました。
正直に言うと、よくできているように見えるものでした。学習指導要領の言葉遣いも押さえてあり、このまま出しても、もしかすると通るかもしれない。そう感じさせる計画でした。
ただ、読み進めるうちに、どの子の顔も浮かんでこないことに気付きました。蛇口をひねれば水が出るのが当たり前の子どもたちが、どこで「えっ」と声を上げるのか。誰がどこで首をかしげ、誰がどこで身を乗り出すのか。整った計画のどこにも、目の前の子どもたちがいませんでした。
考えてみれば当然です。AIは、私の学級の子どもたちを知りません。私の学級の子どもたちをいちばん知っているのは、ほかならぬ私自身です。
だからこれは、AIの欠点というより、単元計画にとって何が大事なのかを教えてくれる出来事だったのです。
諦めていたアイディアを、もう一度
誤解のないように書いておきます。私はふだんからAIを使っています。情報主任としてAIの活用を校内に広める立場でもあります。
資料を探す、指導案特有の言い回しや文章を整える、リサーチの取っかかりをつかむ。迷ったときに考えの筋道を相談することもあります。
中でも一番大きいと感じているのは、諦めていたものに、もう一度挑戦できるようになったことです。
頭の中には浮かんだけれど、時間や手間、いろいろな制約のなかで「無理だな」と手放してきたアイディアが、これまでにいくつもありました。それをAIに投げかけてみると、実現への道筋を示してくれます。もしかするとできるかもしれない、と希望を持たせてくれるのです。
だから、AIに頼るなという話ではありません。むしろ、AIが指導案を書けるようになったことで、指導案を書くことの意味がはっきり見えてきた、という話です。
「書かれたもの」と「書くこと」
AIが出してくれるのは、書かれたもの、つまり成果物です。一方で、私が単元計画を書くときにしているのは、書くことそのものです。
書いている途中、私はたくさん迷います。この単元のこのクラスなりのゴールは何か。そのためにいつ誰とどのように学んでいくか。この資料は導入に置くか、まとめの前に置くか。あの子はここでつまずくのではないか。
迷って、選んで、捨てる。その繰り返しのなかで、授業と授業のあいだにどんな線を引くかが、少しずつ頭の中に描かれていきます。迷うとき、そこにはいつも子どもの顔があります。
地図をもらうことと、自分で歩いて道を覚えることは違うというイメージです。どこで足がすくむか、どこで景色が開けるかは、歩いた人にしかわかりません。
伴走線は、この「歩いた記憶」に近いものだと思います。単に完成した計画をもらっても、伴走線は引かれません。線を引いているのは、計画を書いている時間そのものだからです。
迷ってから、AIに
では、AIとどう付き合えばよいのでしょうか。私が大事にしたいと考えているのは、順番です。
まず自分で迷う。粗くてもいいので、とりあえず単元を書いてみる。その際は、子どもの姿から書いてみる。前の単元や他教科の学びを踏まえて、児童観から構想してみる。
そのうえで教材についてAIに相談したり、フィードバックをもらったりする。AIは答えではなく、迷いにつきあってくれる相手として捉えます。そうすると、自分が何を大事にして何を捨てたのかが、かえってくっきり見えてきます。
先にAIに書いてもらうと、その整った案が基準になり、迷う前に選んでしまいます。迷う時間こそが伴走線を引く時間なので、そこは手放したくないと考えています。
AI時代だからこそ書く意味は、書くことへ
AIが指導案を書ける時代になって、指導案を書く意味がなくなったのではありません。私は逆に価値が生まれたと考えています。指導案の意義が、「書かれたもの」から「書くこと」へ移ったのだと思います。
書いて、迷うから、子どもの顔が浮かびます。子どもの顔が浮かぶから、我々教師に「こんなことをしてみたい」というアイディアが生まれます。
そして今は、これまでおじゃんになっていたそのアイデアを、AIが現実のものにする手助けをしてくれます。諦めていたものを、目の前の子どもたちに届けられるかもしれない。そう考えられるようになったから、書くことは前よりも楽しくなっているのかもしれません。
今期は、こうした授業をつくる前の時間についても書いていくつもりです。お付き合いいただけたらうれしいです。

横山 淳平(よこやま じゅんぺい)
福島市立福島第一小学校 教諭
早稲田大学大学院教育学研究科修了 修士(教育学)、日本金融教育支援機構教員アンバサダー、東北社会科を面白がる会・ふくしま社会教育士の会事務局、その他FPやICT関係の資格保有。
「子どもがいるから学校がある」をモットーに、教師としてできることを考えています。
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