単元計画に「伴走線」を引く ―本時案より時間をかけているもの―
指導案を書くとき、一番時間をかけているのはどのページでしょうか。
「本時の展開」と答える方が多いかもしれません。私の答えは少し違います。
今回は、検討会でつい読み飛ばされてしまう、あのページの話です。
福島市立福島第一小学校 教諭 横山 淳平
指導案検討で、単元計画のページはどこまで読まれているか
研究授業の指導案は、たいてい「単元の目標」「授業観」「指導計画」「本時の展開」という順に並んでいます。ところが、検討会で長く話し合われるのは、ほとんどが最後の1枚です。発問の言葉、板書計画、手立ての工夫など。
単元計画のページは、確認程度にめくられて終わることが多いのではないか。私が参加する研修でも、よく出会う光景です。
ところが、自分で指導案を書くときは違います。ふだんの授業づくりでも研究授業でも、私が圧倒的に時間をかけているのは、本時案ではなく、この単元計画を考える時間なのです。
1時間の中だけで考えると、本時がせまくなる
本時案を書いていると、どうしても1時間の中で完結させたくなります。問いを立て、調べ、話し合い、まとめを書く。チャイムが鳴る前に、子どもが「分かった」ところまでどうにかデザインしたい。
その気持ちは自然なものです。45分で一定の内容を学ぶと決めれば、構造上そうならざるを得ない面もあります。
ただ、毎時間をそう組もうとすると、どの1時間もだいたい同じ形に寄っていきます。本時の可能性を、自分でせばめてしまっているのかもしれません。
単元の中に置くと、本時に持たせられる役割が増えます。
いくつかの問いを比べる1時間、立場を選んで理由を考える1時間。3つ前の時間に出たつぶやきを、ようやく回収する1時間など。
例えば、4年生社会科のごみ処理の単元で、「燃やせば全部なくなるのに、なんで分別なんかするのだろう」とつぶやいた子どもがいたとします。
その場で答えまで届かせることもできます。ですが、処分場の資料を読む時間が先に控えていると分かっていれば、その問いを後で比べる問いの1つとして残しておくこともできます。
本時のねらいは、毎時間達成されるべきものです。3つの観点で評価する以上、ねらいは「~を理解することができる」「~を考え、表現することができる」のように、見取れる形で書くことになります。
ただ、単元の中に置くと、何を理解し、何を表現するのかという中身を広げられます。
いくつかの問いを比べて考える。選択肢の中から自分の考えを選んで表す。そうしたこともねらいの対象にできる。
目の前の事実を直接理解することだけがねらいだ、という思い込みから、少し自由になれるのだと思います。
練り上げた計画に、ゆずれない一点を
指導計画は、これでいこうと思えるところまで練ってから書きます。それでも、子どもの反応によって変わることはあります。
そのときに支えになるのが、この単元でここだけはゆずれない、という一点です。それがはっきりしていれば、他の部分を動かしても単元は崩れません。
練るというのは、結局のところ、その一点を探す作業なのかもしれません。
資料をどの順で出すか、何時間かけるか。そうした細かいことは、練っているうちに何度も入れ替わります。最後まで動かなかったものが、その単元の芯と呼べるものかもしれません。
ごみ処理の単元でいえば、ごみ処理の仕組みを、最後は自分たちの暮らしに引き戻して考えること。私だったらそこはゆずりません。
見学の日程がずれても、資料が差し替わっても、そこさえ守れていれば単元は成り立ちます。
現場にいると、計画が変わる理由は子どもの反応だけではありません。
欠席が多い日がある。天候が崩れる。教室の割り当てがうまくいかない。相手先の都合がつかない。その場で変更の判断を求められることばかりです。
そんなとき、一点が決まっていれば慌てずに済みます。計画を動かしても、それは崩れたのではなく、芯に向かう道を選び直しただけだからとも言えます。
もう1本の線が走っている
指導案の単元計画の欄には、たいてい1本の線しか書かれていません。何時間目に、子どもが何を学ぶか。子どもの学びの線です。
ですが、単元を考えているとき、私の頭の中にはもう1本の線が走っています。
授業と授業の間を、教師が並んで走る線。単元計画を書きながら、頭の中に引かれていく線です。私はこれを「伴走線」と呼んでいます。
ごみ処理の単元なら、こんな具合です。見学の前に、見学先の方へ連絡して、子どもの質問をいくつ受けてもらえるのか、当日の流れと合わせて相談しておく。授業で出たつぶやきは、すぐには拾わずに、どの時間で扱うかを決めて温めておく。
どれも本時案には出てきませんし、単元計画の表にもふつうは書きません。でも、単元が動き出すのはたいてい、この伴走線の上ではないでしょうか。
2本の線を比べてみると、この子は多分ここで引っかかる、それならその前にこれを用意しておこう、と組み替えが始まります。
学びの線だけなら予定表です。伴走線が加わることで、単元計画は教師が手を動かすための設計図になります。
その組み替えの時間が、私は指導案づくりの中で一番楽しい。読み飛ばされがちなあのページには、実は一番動かせるものが詰まっているのだと思います。
練っておくから、子どもが見える
伴走線まで練っておくと、見通しが生まれます。見通しがあれば、寄り道も想定しておけます。問いを持ち越していい場所が、あらかじめ見えているからです。
想定ができていると、授業中の教師に余裕が生まれます。
予定外の発言が出ても、慌ててまとめへ引き戻さなくていい。あのつぶやきも、その場で受け止めて、先の時間へ預けておけます。
受け止める余裕があると、目は手元の指導案から離れて、自然と子どもの方へ向きます。
単元計画に時間をかけるのは、きれいな計画をつくるためではありません。教室で、目の前の子どもとちゃんと向き合うためなのだと思います。
2学期は研究授業が多く行われる時期かと思います。
指導案を書くとき、みなさんの頭の中には、伴走線は引かれているでしょうか。そしてその線は、当日の教室で何をもたらしてくれているでしょうか。

横山 淳平(よこやま じゅんぺい)
福島市立福島第一小学校 教諭
早稲田大学大学院教育学研究科修了 修士(教育学)、日本金融教育支援機構教員アンバサダー、東北社会科を面白がる会・ふくしま社会教育士の会事務局、その他FPやICT関係の資格保有。
「子どもがいるから学校がある」をモットーに、教師としてできることを考えています。
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