2017.08.09
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『ドリーム』 NASAの宇宙開発に貢献した3人の黒人女性

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、人種差別が横行する60年代アメリカでNASAの宇宙開発に貢献した3人の黒人女性を描く『ドリーム』です。

オール白人男性の職場で差別を受けながら孤軍奮闘

今では信じられないことだけれど、60年代のアメリカでは人種差別法“ジム・クロウ法”が存在した。

当たり前のことのように、白人が使うものと非白人が使うものとが分類されていた。図書館も白人用と非白人とでは棚が違うし借りられる本も異なる。バスでは後部座席しか非白人系は乗れない。水飲み場だって別。トイレだって別だった。

それだけではない。女性に関しても差別があった。実際、60年代後半にアメリカで女性解放運動が高まり、それが他の先進国に広まって女性の雇用や産休に対する改善がされていくことになったのだ。

本作『ドリーム』はそんな時代背景の中で3人の黒人女性の物語を綴っている。中心となるのはキャサリン。幼い時から数学において天才的な能力を発揮してきた彼女は、飛び級で進学、ヴァージニア州にあるNASAラングレー研究所に雇われることになる。配属されたのは優秀な頭脳を持つ黒人女性達が集まる西計算グループ。当時はアメリカとロシアが冷戦時代で、ロシアは初の人工衛星スプートニクを打ち上げ、アメリカもロシアに負けられないと宇宙開発に躍起となっていた時代だった。このため、キャサリンは膨大な計算をする毎日であった。

そんなキャサリンと仲が良いのは、西計算グループを取り仕切るリーダー格のドロシー。彼女の夢は管理職への昇進だが、上司の白人女性ミッチェルから黒人グループには管理職は置かないとすげなく却下されてしまう。

そしてもう一人キャサリンと仲良しなのは西計算グループから技術部への転職が決まったメアリー。彼女の夢はエンジニアになることだったが、黒人でさらに女性であることから叶わぬ夢は見ないと諦めていた。

そんなある日、チャンスが舞い込む。優秀な計算係を探している宇宙特別研究本部のハリソン(ケビン・コスナーが好演!!)のひと声で最も優秀なキャサリンが、黒人女性として初めてその部署で働くことになったのだ。しかしその職場はオール白人男性の現場で、建物内には有色人種用のトイレすらなかった。だからキャサリンはトイレに行きたくなると、有色人種用トイレがあるとんでもなく遠い建物までダッシュするしかなかった。毎日毎日すさまじいダッシュをくり返し、コーヒーはたった一人だけ別扱いされ、必要な資料もすべて渡されないそんな状況の中、それでもへこたれずにキャサリンは孤軍奮闘していく。

その描写の積み重ねがすごい。晴れの日も雨の日も、ヒールをカンカン鳴らしながら走り、でも計算も休むことができないから、計算書を抱えて走るキャサリンの姿が何度映ることか。そして同僚でありながら非協力的な白人男性達の冷たい視線や酷い態度にも負けず、国家の威信をかけたマーキュリー計画に貢献しようと計算に打ち込むキャサリンの姿には、見ているだけで涙が出そうになる。

そんな彼女が初めて積もった不満をハリソンに向かって爆発させてしまうシーンがあるのだが、ここでは書かない。ただ、その心からの叫びを聴きながら、人は他者に対して何て鈍感なのかと感じいってしまった。差別を法で認めているのだからどうしようもないが、誰も自分が差別される側だったら……という発想を持てないのだ。だから気づかない。ハリソンもキャサリンがどんな思いを抱えつつ仕事をしているかなんて、想像もしていない。しかしキャサリンが初めて本音をぶちまけたことでようやくハリソンも彼女の置かれている、差別のある現実を知ることになり、そこから少しずつではあるが内部の状況は変わっていく。

もしいつものようにキャサリンが、言いたい事は山ほどあるけれど飲み込んでしまっていたら!? 状況は好転しなかったかもしれない。もしかしたらそれはアメリカの宇宙開発をうんと遅らせることになったかもしれない。コミュニケーションをキチッと取ることの大切さも痛感させてくれる作品だ。

自分の可能性を自分で閉じてはダメだ

一方、ドロシーとメアリーはどうか?

ドロシーは、頑張っても頑張っても黒人女性には管理職を与えないと言い切る上司に対し、ならばと、まだ出始めのコンピューターについて独学でブログラミングを学んでいく。しかも図書館で黒人専用の棚にはプログラムに関する本なんてないので、白人側から失敬して読み倒す。

最初からエンジニアへの道を諦めていたメアリーは、ユダヤ人の男性に諭される場面が印象的だ。その男性が言うのだ。自分の両親は収容所送りになっていることを。でも今、自分はこうしてNASAで働いている。だから自分の可能性を自分で閉じてはダメだ、と。

かくしてメアリーは、技術者養成ブログラムを受けるチャンスをつかむために差別と自分なりに戦い始める。それは、資格を取るためにはどうしても白人専門の学校に通わねばならないのだが、その学校を黒人女性が通ってもよいように、世の中の仕組みそのものを変えようとする試みであった。

そう、ドロシーもメアリーも、もちろん主軸となるキャサリンも自分の夢、自分の立場を確立するために惜しみない努力を注ぎ込む。全員家族を持っているし、特にキャサリンなどは夫に先立たれて、3人の子ども達をシングルマザーとして育てているが、それでも仕事面で努力を惜しまず、なおかつ母親としても超頑張る姿にまたまた勇気をもらってしまう。

よくこういう人がいる。「忙しくてやりたいことができない」と。本当にそうだろうか? 自分の時間をよくよく見直したら、例えば1時間とか2時間とか無駄にダラダラとスマホをいじったり、テレビを見たりしていないだろうか?

忙しいのは別に自分だけではない。誰も彼もが生きていくには大変な思いをしている。やりたい事やるべき事だけに、情熱を注げたら嬉しいけれど、実際は生活のために養うために、色々忙しい思いをしている人はたくさんいる。夢を叶える人は、忙しい中でも努力を惜しまない。時間をなくすのも、時間を作るのも、自分の心がけ次第だ。そして結局は、努力を惜しまなかった人が成功をつかむのだ。自分から動かなければ幸せなど舞い込まない。それがこの映画を観ると実によくわかる。

個人的に好きだったのは、色々あって西計算グループに戻っていたキャサリンが、やはり必要だと判断されて、戻ってくるよう言われるシーン。その時、あのさんざんキャサリンがトイレのためにダッシュをしていた道を、白人の青年が彼女を呼びに走り抜けていくのだが、それがしっかりキャサリンの時と同じアングル&同じカット割りでとらえられているのだ。胸がスッとしニヤニヤしてしまった。

しかも素晴らしいのは、これが絵空事ではなく実話を元にしているということ。本当にNASAにはこういう女性達がいたのだ。もし映画好きな方で『ライトスタッフ』という映画を観たことがある人なら、その裏側でこんなことがあったのかと思って観ると、より楽しめるのではないかと思う。

差別が横行する、やや狂った世界でも一人一人がしっかりと自分の足で立つ感覚があれば、世界を変えていくことはできるだろう。ドロシーが自分の息子達に「世の中が正解とは限らない。間違っていることもある」と説明するのも印象的だが、そうやって世間を見据え、自分でしっかり立つことが大事であることを、この映画はしっかりと教えてくれる。こういう人達がいて少しずつ少しずつ世の中を変えてきているからこそ、「自由」に生きられる今の時代があるのだ。

ちなみに本作はアカデミー賞の作品賞、脚色賞、助演女優賞にノミネートされた。お仕事ドラマとしてもNASAの宇宙開発の現場をリアルに再現した歴史ドラマとしても、本当によくできた、誰が見ても楽しめるこの作品。残念ながら受賞はしなかったが、正直何も受賞しなかったことがおかしく感じられるほど、質の高いエンターテイメントだ。

Movie Data

監督・製作・脚本:セオドア・メルフィ/出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケビン・コスナー、キルスティン・ダンスト、マハーシャラ・アリほか
(C)2016 Twentieth Century Fox

Story

1962年、アメリカ人で初めて地球周回軌道を飛行した宇宙飛行士ジョン・グレンの功績の裏には、こんな黒人女性達の物語があった――。黒人女性ばかりがいるNASAの西計算グループのリーダー格ドロシーの采配で、キャサリンは黒人女性として初めて宇宙特別研究本部のメンバーに。差別を受けつつ頑張る彼女は次第にその存在を認められていく……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『新感染 ファイナル・エクスプレス』

人間のエゴや負の感情を極限状態の中で描く

この映画は正直言ってしまえば、ゾンビ系列の映画である。と聞くと「え? そんな映画を子ども向けに紹介するの?」と思われるかもしれない。が、そんな色眼鏡で見たら間違いなく損をする。この映画はホラー映画とかパニック映画とか、そういうジャンルでは言い切れない素晴らしい人間ドラマがギューギューと詰まっているからだ。

韓国のソウル。仕事ばかりで家族を顧みず、そのせいで妻とも別居状態にあるソグは、まだ小学生の娘スアンが誕生日でプサンに住む母親と会いたがっていたため、高速鉄道KTX101号に乗車しプサンへと向かう。しかしまだ誰も知らなかったがソウルではすでに異変が起きていた。謎のウィルスによって暴徒化した人が他人に噛みつくことで、その感染が少しずつ広まっていたのだ。かくしてこのプサン行き列車にもそのウィルス保持者が乗車したことで車内は恐ろしいパニックに襲われていく。

ソグとスアンの親子の他、妊婦と夫、野球部の高校生達や初老の姉妹、身勝手な会社員など、色んな背景を持つ人達のドラマが狭い車内の中で展開。特に、この出来事で初めて娘スアンへの純粋な愛に気づかされ、無垢なスアンに仕事づくしで逆に心を失っていたことを教えられるソグの姿が切ない!! 親子愛や夫婦愛、友情など様々な愛や絆が語られる一方で、だからこそ助かりたいと願う利己主義的な発想や、ウィルス保持かもしれないという疑心暗鬼に駆られて隔離しようとする心理など、人間のエゴやむき出しになったどうしようもない負の感情を極限状態の中でこれでもかと描いていく。絵空事でもええかっこしい状態でもない、究極の愛と恐怖がぶつかりあい、その真実味ある内容に胸が震えてしまうのだ。と同時に、他人を顧みられない、つまりは「愛」という感情がなくなってしまったら人間なんてタダの食べて寝るだけの動物であり、ゾンビじゃなくてもゾンビと同じ恐ろしいモンスターであることも痛感させてくれる。

しかもこの映画、もちろん怖さは格別だが、グロい場面は皆無に近い。だからゾンビ系サバイバルアクション映画でありながら、なんと映画区分はG。お子様までが観られる作品になっているのだ。ちなみに筆者としては高校生以上にオススメしておきたい。というのも色々考えさせられる深い内容のドラマをたくさんはらんだ作品なので、中学生までだと感染者のマネを面白おかしくするだけで終わってしまうかもしれないが、高校生になれば核となる大事なドラマが間違いなく胸に響くと思うから。

ゾンビ系列のパニックという空想の展開ではあるけれど、現実社会でもゾンビ並みの究極の災害というのはいつだって起こり得る。その時にもあなたは他者への愛を持ち続けることができるのか。自分の身が危険でも相手に少しでも「思いやり」を持てるのか。それとも、すでに心を失ってモンスター化していないか、色々心に問いかけてくる傑作だ。

監督:ヨン・サンホ/脚本:パク・ジュソク/出演:コン・ユ、キム・スアン、チョン・ユミ、マ・ドンソク、チェ・ウシクほか
(C)2016 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & REDPETER FILM. All Rights Reserved

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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