教育トレンド

教育インタビュー

2023.10.02
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木村 育恵 教員不足解消に不可欠なジェンダーの視点

教職に潜むアンコンシャス・バイアス

学校教員という職業は、戦前から女性が就くことのできた数少ない職業の1つで、他の職業領域と比較して男女平等が進んでいると考えられてきたが、校長に占める女性の割合は低く、文部科学省「学校基本調査」(令和4年度)によると、公立の小学校と特別支援学校では2割台、中学校と高校では1割に満たない状況だ。実際には何が起きているのか。北海道教育大学教育学部の木村育恵教授に伺った。

ジェンダー不均衡が「当たり前の景色」になっている

垂直方向にも水平方向にも

学びの場.com

学校における性別職域分離の現状・意識について、教えてください。

木村育恵(敬称略 以下、木村)

学校現場にいらっしゃる先生方も、男女平等が進んでいる職業だと認識されていることが多いのではないかと思いますが、現実を見ると、残念ながら、垂直方向にも水平方向にもさまざまな方面で確実に性別による職域分離が見られます。

垂直方向では、学校段階が小学校、中学校、高校と上がるにしたがって女性が少なくなるといった職域分離がはっきりと見られています。ケアが必要とされる小学校や特別支援学校において女性教員が半数を超える6割を占め、中学で4割、高校で3割と、より専門的な教科の知識を必要とする学校種には男性が多いという職域分離が長らく見られています。

また、水平方向、同じ教員同士においても、例えば理数系は男性の教員、家庭科や保健室の先生(養護教諭)はほぼ女性の教員といった配置の傾向が根強く存在しています。学年についても小学校の担任の先生の学年配置の研究によりますと、女性の先生が低学年の担任、男性の先生が高学年の担任といった配置の傾向が指摘されてきました。

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内閣府は2010年に「第3次男女共同参画基本計画」の中で、2020年に初等中等教育機関の教頭以上に占める女性の割合を 30%にするという目標を掲げました。2015年の「第4次男女共同参画基本計画」では 20%に下方修正しましたが、30道府県が達成できませんでした。

女性管理職比率が停滞、むしろ低下している原因は何なのでしょうか。

木村

その下方修正については学術領域でも驚きました。その後2020年の「第5次基本計画」においてはまた再びもう少し高い目標(2025年に校長20%、副校長・教頭25%以上)となっているようですが、これだけ女性管理職が少ないというのは異常です。

先行研究によると、地域によりますが、1990年代頃までは、男性なら管理職になれる力量のあるベテラン女性教員を「上席さん」と呼んで、一般教諭の処遇のまま、インフォーマルに校内の調整役や若い教員への指導的役割など校長や教頭にやや近い業務を担わせるという慣例慣行も行われていました。

公立高校の女性校長は本当に少ないです。とりわけ、地域の進学校や伝統校に女性校長の姿はほとんど見られません。そのジェンダー不均衡が見慣れた「当たり前の景色」として学校現場のさまざまな立場の人に受け取られ、問題として見えていない気がします。

長時間労働を前提としない柔軟なキャリアパスを

ルートに乗れない女性たち

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キャリア形成の違いについて、教えてください。

木村

男性教員と女性教員とでは、キャリア形成の上でも、異なる処遇に置かれていることが指摘されてきました。その積み重ねによって女性教員を管理職として育成する経験装置が質的にも量的にも不足していることがキャリアの差異につながっていると思われます。

具体的には、キャリア形成に重要な時期である教務主任や主幹教諭、指導教諭を担う中堅期は、一般的な女性のライフステージとして出産・育児の時期と重なりがちということもキャリア形成における違いに関わる問題であると考えられます。せっかく力を認められて声をかけられても、自分で家庭のことを調整できる人でなければそのルートに乗れないという問題も起こります。

「先生」は、子どもたちにとって身近で重要なロールモデルとなります。女性と男性で異なる状況にある先生の姿は、子どもたちにとって、いつの間にか知らず知らずのうちに学ばれる「隠れたカリキュラム」となり、ジェンダー不均衡問題を未来に持ち越してしまう可能性も秘めているといえますね。

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ジブラルタ生命保険株式会社「教員の意識に関する調査 2022」によると、既婚者にどのような職業の人と結婚したか聞いたところ、男女ともに「教員」(男性 38.2%、女性 38.9%)が1位と、職場結婚が多いようですが、仕事内容が同じであるにも関わらず、出産後は、女性が早めに帰宅できるように調整して家事・育児を主に負担し、男性はこれまで通り長時間働き、部活動の顧問として休日出勤も多いという家庭も少なくないと聞きます。

分担が進まないのはなぜなのでしょうか。

木村

夫婦でともに管理職になることを避ける慣行により、例えば夫が校長になる場合、妻は校長にならずに降格することや退職することが奨励されていた時代もあったと聞きます。その時代に比べれば改善してきましたが、「家庭と仕事の折り合いをつけるのは女性だよね」という暗黙の了解は、まだまだ根強いです。

教員というのは長時間労働が美徳といいますか、ある意味24時間365日教員であれという聖職的な意味合いも相まってそもそも長時間労働化しやすいものかと思います。ワークとライフのバランスがそもそも難しいと。

まずは、この長時間労働の改善がマストであると思います。これが普通ではない、多様な事情を抱えた教員個々人が男女問わず、引け目を感じずに出産育児などに関わりながら仕事ができるということが重要であると思います。

土日祝日関係なく部活動指導をしている本人は楽しくやっていたとしても、後輩や生徒たちのロールモデルとしてはどうかという視点も必要でしょう。

ジェンダーの視点から教員をめぐる政策を

中断後もキャリアを紡ぎ直せる柔軟性

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女性管理職比率が高い自治体では、どのような取組をしているのでしょうか。

木村

それぞれの自治体に個別のロジックがありますね。比率が低いので対策に取り組んでいる自治体がさまざまな努力をしてもまだ数字として低い場合、あるいは比率が高いところに具体的な取組を質問しても回答としては「特に何もしていない」という場合もあるので、一概には言えません。努力しているところの努力のあり方と、それがどういう文脈でうまくいかなくなる、もしくは別な力学で押し潰されるのかというところを丁寧に見ていく必要があります。

一例として、管理職選考試験の受験資格要件を、教務主任を何年以上、主幹教諭を何年以上経験するなど細かく設定している都道府県ほど高校の女性校長比率が低い傾向がありました。一見、個人の能力、個人の選択の問題と考えられがちですが、そうした仕組みの中に潜むジェンダー問題にもう少し敏感になることがすべての第一歩であるのではないかと感じます。

男性でも自身の病気や家族の介護などでキャリアを中断することもあります。中断があってもまたキャリアを紡ぎ直せるような柔軟な考え方が望まれます。そうしないと女性なり、もしくはライフワークバランスを取ろうとする男性なり、そういう人たちが知らず知らずのうちに排除され周辺化される仕組みが変わっていかないですよね。

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教員不足問題の解消のためにも、どのような政策が求められるでしょうか。

木村

教員不足の問題については先生一人一人の努力の問題ではなく、構造的社会的にもたらされているものであり、それを踏まえた対策が必要です。2016年に文部科学省の教員勤務実態調査が実施され、それを受けて2019年の中央教育審議会の答申では「もう少し教員の業務を明確化しましょう」というように方向性は議論されました。

ただ、明確に欠けているのは構造にあたる部分、そもそもの問題として教員の定員増がなされていない、それに伴う給与費等の予算も増やしていないというところです。回らない業務を非正規雇用の先生に依存していますが、教員志望者が年々減っているので非正規教員登用のために声をかけるリストの母数そのものも減ってきています。

また、2021年の文部科学省の「教師不足に関する実態調査」では教員不足の要因として各都道府県教育委員会が最も多く回答していたのが「産休・育休取得者が見込みより増加した」でした。現在の日本社会の性別役割分業のもとでは、多くの場合、女性が産休・育休を取ることが多いでしょうから、このような言説によって、女性教員がこれまで以上に、結果的に排除されたり周辺化されたりする懸念もあります。ですので、教員不足解消のためには、教育分野のすべての中にジェンダーの視点を入れて教員をめぐる政策を行っていくことが不可欠だろうと思います。

それから、働き方改革において教員の業務負担削減策として部活動対策がメインストリームとなっていますが、2022年に私たちが全国の小中高および特別支援学校の先生にweb調査をしたところ、最も負担を感じているのは、文部科学省の調査ではそもそも回答項目に存在しなかった「保護者対応」という結果が出ています。よって、部活動の負担軽減策は必ずしも働き方改革の特効薬とはなりえないと考えられます。もう少し現場に即した施策が必要であると感じています。

アンコンシャス・バイアスを解きほぐす

知って、振り返って、考えて

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この記事を読んだ学校の先生が職場で実践できるアドバイスをお願いします。

木村

まずはジェンダーの問題を知ってほしいです。女性教員も男性教員も両方がライフとワークのバランスを取って、豊かなキャリア形成の中で豊かな子どもの成長を支えるということは、ジェンダーの視点を欠いてはできないはずです。

ジェンダーの視点を欠いていては、性的役割分担意識の捉え直しや見直しが進まない、そして学校というのはどこよりも男女平等だという思い込みが強いからなおさら気づきにくい。そういった要素が絡み合って今があるはずなので、教育現場の文法や教育をめぐる政策や制度に関する論議、慣行慣習の中にジェンダーのアンコンシャス・バイアスが有形無形に潜んでいるということにまずは自覚的になることかと思います。

今まで自分が行ってきた、子どもや同僚などに対する言動にも、知らず知らずのうちにジェンダーが潜んでいるかもしれません。例えば、理科の実験では男子が器具を使って実験し、女子は記録係とか、進路指導で「女子なんだからそんなに頑張らなくてがんばらなくていいよ」「男子なんだから女子に負けるな」といった意識に基づいた働きかけをしている可能性があります。

知って、振り返って、考えて、そのうえで、子どもに対してはどのような働きかけをするとアンコンシャス・バイアスを解きほぐすようなメッセージにつながるか、という実践ができるかと思います。まずは今教員世界の中で何がジェンダーの問題としてあるのかを自分事として意識を向けてみる、ということからスタートしてみてはいかがでしょうか。

記者の目

ジェンダー問題は、いつしか見慣れた当たり前の風景の中に、まるで毛細血管のように根深くあちらこちらに内在しているのだと気づかされた。いつの間にかステレオタイプ化されている認識からジェンダー問題を見つけ出す一人一人の意識が重要であると感じた。

木村 育恵(きむら いくえ)

北海道教育大学教育学部函館校教授。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科修了。博士(教育学)。
専門は教育社会学、「ジェンダーと教育」研究。ジェンダー平等教育実践をめぐる教師文化のありようや、教員のキャリア形成とジェンダーに関する研究を行っている。著書に、『学校社会の中のジェンダー:教師たちのエスノメソドロジー』(単著、東京学芸大学出版会、2014)、『女性校長はなぜ増えないのか』(分担執筆、 勁草書房、2017)、『新版 教育社会とジェンダー』(分担執筆、 学文社、2018)など。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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