2024.06.17
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意外と知らない"データに基づく授業改善"(第2回) ADDIEモデル、ARCSモデルの実践例

前回はインストラクショナルデザインの全体像とモデルの一部を紹介しました。今回はそれらを実際に授業設計・改善に活かした実践例を紹介します。

ADDIEモデルの実践例

自分のペースで学習用動画を活用

ADDIEモデルは、分析(Analysis)・設計(Design)・開発(Development)・実施(Implementation)・評価(Evaluation)といったインストラクショナルデザインのプロセスそのものをよく表したモデルであると、前回述べました。1つ目に、そのプロセスに基づいて開発された授業実践の取組(論文タイトル「夜間定時制高校数学科での学習用動画を使用した授業のADDIEモデルに基づく開発-発達障害等困難のある生徒に着目して-」)をご紹介します。

夜間定時制高校では、小学校4年レベルの算数の問題から正答率が下がるそうです。また、2012年の調査では、処理速度の遅さ、自閉傾向、緘黙、注意欠陥多動傾向といった発達障害等困難のある生徒の在籍率は14.1%と、全日制の1.6%を大きく上回るそうです。

本実践では、必履修科目である数学Ⅰ「三角比」の単元を対象として、このような様々な課題を持つ生徒にはどのような指導が有効かが検証されました。以下、A・D・D・I・Eのそれぞれの段階に沿って実践内容を紹介します。

1. 分析(Analysis)段階

ADDIEモデルの最初の段階である分析(Analysis)では、まず学習者のニーズを決定します。この学校ではプリントを使用した講義型授業を行っていましたが、教員の板書を基本とする一斉授業では、授業についていけない、学習に集中して取り組めないなどの生徒が見られ、指導者側としてもこれらの多様な課題に対して細かくフォローする難しさが浮き彫りになりました。

一方で、生徒たちはスマートフォン等に触れる時間が多いことが示され、動画視聴も普段からよく行っていることがわかりました。動画視聴は、一時停止や早戻しをすることができ、自らのペースで活動を行うことができます。これらを踏まえ、「動画の視聴を学習に取り入れることが学習者と指導者の両面の課題を解決する有効な手段の一つとして考えられる」と分析されました。

2. 設計(Design)段階

続いて分析の結果を踏まえ、授業の設計をしていきます。この単元は、1回45分×12回とし、各回について、具体的な学習成果が設定されました。例えば、第1回で行われる「三平方の定理」では、「中3の内容である三平方の定理を習得する。今後の学習を見据え、右下が直角となる直角三角形を扱う。なお、平方根の計算は容易なものとする。」と定められました。

1回45分の授業は、3つのフェーズに分けて構成されました。フェーズ1では、動画視聴を基礎とした学習活動を行います(10~15分)。5分程度の学習用動画を視聴し基本事項を学び、授業プリントの基本問題に取り組みます。この活動で疑問やつまずきが生じた際は授業者へ質問することができます。続くフェーズ2では、授業プリントの演習問題に取り組み(20~30分)、フェーズ3では学習内容を習得できたかを確認する確認テストに取り組みます(5~10分)。これらの一連の授業の流れは、下の図のように、9つの外的教授事象というまた別のモデル(ガニェの9教授事象)にしたがって割り当てられ、学習用動画の中にもその一部が組み込まれています。

授業の構成に加え、評価の観点もここで設計します。ここでは、定期考査の結果を、学習目標への達成状況の評価対象としました。

授業デザインの概要(上記論文より作成)

3. 開発(Development)段階

ここまでの、分析・設計の段階をもとに実際の講義の実装を行っていきます。ここで考えるべきことは、例えば「教材は既存のものを使用するか、新規作成するか」や「使用する学習プラットフォームは何にするか」、「学習用動画の素材は何を使用するか」など、より具体的な事柄です。過去の実践から得られた課題、現在のかけられるコストも踏まえて実装していく必要があります。

ここでは、達成すべき目標を再設定しながら既存の教材を使用する形を取っています。学習プラットフォームについては、教室ベースの環境とWeb上の学習環境を融合した授業システムを想定し、WebについてはGoogle Classroomを使用しています。動画の素材に関しては、JMOOCやYouTubeをはじめとする既存のフリー素材などは用いず、自分たちで作成したものを使用しています。動画の素材を作成した理由には、「授業デザインに合致する素材が見つからなかったこと」や「普段の授業者の声で動画を作成することで生徒に授業者の存在を感じさせるため」が挙げられています。このように前段階の分析や設計で作られた仕様を満たしつつ、コストを天秤にかけながら最適な授業開発を目指していきます。

4. 実施(Implementation)

いよいよ授業の実施です。この授業の対象となった生徒は、県立夜間定時制高校2年次のうち特に習得に課題を抱えている13名でした。授業者は1名でしたが、多様な課題を抱える生徒が在籍するため、学習支援員が1名配置されました。

学習に対する支援としては、理解の滞っている生徒に対して個別に指導したり、比較的理解の進んでいる生徒を先生役として他の生徒に教えるような場面を設定するなどの支援を行いました。

5. 評価(Evaluation)

授業を実施した後には評価を行います。この授業の評価は、大きく分けて2つ:①質問紙による授業評価と、②テストの結果を踏まえた達成度評価が行われました。質問紙調査は学習用動画の使用に関する質問や、従来の講義型授業と比較した動画使用の授業に関する質問が設けられ、過年度と同様の項目が用いられました(下記)。15問の中で特に「動画を見る授業は、学習意欲が上がった」という質問においては今回の授業によって高まることが示唆されました。その他、「動画を見る授業は、勉強しやすい」という質問についても、中程度今回の授業の方が有効であるとの結果が得られました。テストについても、過年度と同等の難易度のものが使用され、高得点となった生徒の割合が増えたことがわかりました。

質問紙調査の内容

Q1.授業前に動画を見てきた
Q2.授業後に復習として動画を見た
Q3.動画の時間は長いと感じた
Q4.いつもの授業を動画にした方がいい
Q5.動画を見て「わかったところ」があった
Q6.動画を見て「わからないところ」があった
Q7.動画を見る授業は、学習意欲が上がった
Q8.動画を見る授業は、勉強しやすい

講義型授業(黒板授業)より動画使用の授業の方が
Q9.学習意欲が上がる
Q10.勉強しやすい
Q11.分かりやすい
Q12.先生に質問しやすい
Q13.友達と相談しやすい
Q14.自分に合う
Q15.好きである

一方で課題も見られ、過年度とあまり効果に変化が無い質問項目もありました(例えば「動画を見て『わからないところ』があった」という質問)。テスト結果においても学習用動画を視聴した直後は流ちょうに課題に取り組めていたにもかかわらずテストになると手が動かなかった、数学的基礎学力に課題を抱えた生徒はこの授業を行った後であっても修得の基準を満たせなかったなどの課題が得られました。

また、Google Classroomの活用についても課題が残りました。例えば、アカウントのパスワードをなかなか覚えられなかったり、キーボード入力に時間がかかったりするなど、ログインに関してつまずきが見られました。ログインに5分以上の時間を費やし、学習の進行に滞りがみられる生徒もいました。当初はGoogle Classroomから学習ログを取得することも計画されていましたが、生徒のGoogle Classroomの操作が適切でなく想定していた学習ログは得られなかったそうです。

まとめ

R.M.ガニェ他『インストラクショナルデザインの原理』(北大路書房)P.25より

以上の通り、インストラクショナルデザインの特にADDIEモデルに従って開発された授業を紹介しました。評価のところでも述べた通り、この実践では肯定的な結果が得られた一方で課題も多く残っています。この授業の実施は、コースの作成や評価の最中の実施活動である「パイロットテスト」と位置付けられ、課題を改善しながら開発は続いていきます。このように今回の結果を次の授業にさらに生かす、という点もまたインストラクショナルデザインプロセスの一環と言えるでしょう。それをできるようにするためには、各段階でしっかりと分析や設計を行い、仕様を明確にしていることが重要になります。

ARCS モデルの実践例

単元を通して意欲を持続させる

前回紹介したように、ARCS モデルを活用することで、やる気を出させる方法を漠然と考えるのではなく、注意(Attention)・関連性(Relevance)・自信(Confidence)・満足感(Satisfaction)の4側面から、どの働きかけが不足しているのかを検討し、「学びたい」と思うように促していくことができます。2つ目は、この枠組みに基づいた授業実践(論文タイトル「ARCSモデルに基づいた小学校理科学習の展開-第6学年「電気の利用」の単元評価-」)をご紹介します。

本実践では、児童が学習目的を明確に持ち、自らの手で学習を展開し、一時的な意欲の高揚のみならず、単元を通して意欲が持続することを目的として、ARCSモデルを取り入れました。下表のように具体的な単元構築の指針や方略を定め、質問紙による事前・事後調査および4要素に関連する児童の記述調査を実施しました。その結果、質問紙ではAとCには低下がみられたのですが、記述調査の内容を見てみると、本実践の目的であった「児童が学習目的を持ち自らの手で学習を展開すること」に有効に作用したことが示唆されたそうです。

質問紙の結果が低下した理由としては様々考察されていますが、例えばR(関連性)の中の問いである「自分で課題を決めたり、調べる方法を決めたりすることは楽しい」という項目では実際に取り組んでみると難しさに気づき回答としては低い点を付けたのではないか、教員からの手立ての方法に工夫の余地があると言及されています。

A:注意
R:関連性
C:自信
S:満足
単元構築の指針 生活経験や既有知識をもとに学習を展開し、電気エネルギーに関して生活での事象をもとにし、興味・関心を喚起することに留意する。 全体での課題に加え、個人で課題を設定する。また、学習後でのめざす姿をもつ場を設定し、毎時間のふりかえりでめざす姿への見通しや到達度を意識することに留意する。 既存の実験技能が活用できる計画を立てるとともに、新規の実験技能を身につけていく場、活用できる場の設定に留意する。 形成的評価を数多く取り入れることに留意する。生活と電気エネルギーとの関連について意見交流する場の設定、追求プロセスを活かしふりかえる場の設定に留意する。
方略 1~3時
(導入)
電気エネルギーに関して、生活経験や既有知識をもとに課題設定へ向かう場を設定する。 学習後のめざす姿をもち、学習目的を明確にする場を設定する。 既有の実験技能について取り上げ、それらを使って追求することを確認する。
4~12時
(課題追求)
全体と個人の2つの課題を設定する。活動ごとにめざす姿への見通しや到達度をふりかえる場を設定する。 新しい実験道具や技能を身につける場を設定する。 個人追求での達成度について毎時間、ふりかえる場を設定する。毎時間のふりかえりに対して、教師から形成的評価を伝える。
13~16時
(振り返り)
追求プロセスを活かしたものづくりの活動を取り入れる。 エネルギー効率、エネルギーの有効活用について話し合う場を設定する。
自らの追求プロセスを総合的にふりかえる場を設定する。
単元終了後には、科学の有用性や自ら追求することの良さに着目する項目を設定する。
児童の記述(抜粋) ・電気は生活の中でも大切なものだからしっかり考えようと学習に取り組みました。
・電気が生活の中でどのように使われているのか考えていきました。
・生活の中でどれだけ電気を使っているか利用しているものはあるかということについて友だちの話も聞きながら考えていきました。
・この学習が終わると「こうなりたい」という目標を自分の中でしっかりと立てられました。
・めざす姿を実現するためにどうすれば良いか考えていきました。
・自分の決めた実験課題とめざす姿をもち、友だちと協力して実験できました。
・考えていためざす姿とは違ってしまいました。
・結果を表や図などに表すことの良さを知ることができました。
・何回も実験をくりかえして良くないデータは削除してより良いデータを求めようとしました。
・必要なものをしっかりと用意できなかったことが良くなかったです。
・一人ひとりで実験をしていく時に、みんながすいすいとやっていくのであせりました。
・ニクロム線は熱に変えて利用すると良いと、学んだことを使うことができました。
・今までとは違って何度も実験を修正して自分でしっかりと計画する力をつけられたと思います。
・学習後のめざす姿をもって取り組んだけど、考えていけるかずっと不安でした。
・友だちの実験と自分のやったことを重ね合わせて考えていくようにしました。
・何気なく電気は使っていて、考えたこともなかったので、考えを深めることができて良かったです。
※田中一磨「ARCSモデルに基づいた小学校理科学習の展開-第6学年「電気の利用」の単元評価-」より再構成

なおこの実践においても、第1回で提示した、 

  1. 学習の目的・目標を設定する。
  2. 1に合わせたモデルを設定する。
  3. 教授方法の設計と、モデルに合わせたデータ収集の設計をする。
  4. 設計した教授を実践、データ収集を行う。
  5. データを分析・評価し学習目的の達成度を測定する。

という流れが見て取れます。

2回にわたり概要から実践例まで紹介したインストラクショナルデザインですが、いかがでしたでしょうか。いままでなんとなくイメージしていた教授方法に関して、改めてモデルとして整理されると腑に落ちる感覚を得られるのではないかと思います。

今回ご紹介したモデル以外にも、まだまだたくさんのID理論やモデルが存在しています。それらもぜひ見ていただきたい一方で、これらの定説となったID理論やモデルに習熟し、それを応用できるだけでは必ずしも相手が求める新しい何かを創出できるとは限らないとも言われています。不確実性に対処しながら相手の求めるものを作り出していく「デザイナー思考」で教育をとらえてみると、教育を取り巻くあらゆる課題に対して何か光が見えてくるかもしれません。

構成・文:内田洋行教育総合研究所 研究員 坂本 亘

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