2024.06.10
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意外と知らない"データに基づく授業改善"(第1回) インストラクショナルデザインとは

誰かに何かを「教える」とき、皆さんならまず何をしようと考えるでしょうか。具体的に教える項目を列挙してみますか?とりあえず参考になりそうな動画教材を探してみますか?様々やり方はありそうに思います。人によって、経験によって、はたまたその人のセンスによって、教え方が変わってきそうですね。

今回は、上記のようなKKD(経験・勘・度胸)や3K(経験と勘と気合)に依存してしまいがちな教授活動をより科学的・工学的に分析・体系化して、経験の浅い人であっても再現性をもって教育実践を行えるようにする考え方「インストラクショナルデザイン(ID:Instructional Design)」を紹介します。

教育データ利活用

2022年1月、デジタル庁から「教育データ利活用ロードマップ」が発表され、国として教育活動にデータを積極的に活用して行くという指針が出されました。ここでは、あらゆるデータの連携に関するビジョンが多く記述されていますが、その中でもあるべき姿の例として「どんな学習者にどんな取組が効果的かが分かることにより、学びをリデザイン」という表現があります。データという客観的事実をもとにして、教授方法や学びそのものを文字通り「デザイン」していくことはまさにインストラクショナルデザインに通ずる考え方と言えます。

インストラクショナルデザインとは

教育工学の中心概念である、インストラクショナルデザインは「教育活動の効果・効率・魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれらを応用して教材を作成したり、授業・研修を実践するプロセス」と定義されています。デザインといっても自己表現を目的としたアートに関するものというよりは「設計」という考え方であり、実際に日本語ではインストラクショナルデザインを「教授設計」などと訳す場合が多いです。

①学習目標(何を学んで欲しいのか)、②評価方法(学んだかどうかをどう判断するのか)、③教育内容(どう学びを助けるのか)の3つを確認しながら、教育活動の効果・効率・魅力を高めるための要素を同定し、最適な組み合わせをモデル化・理論化していきます。日本では、e-learningの浸透とともに2000年ごろから注目を集めるようになった用語です。

  • 教育活動の効果:
    活動の目標として設定したゴールに近づいた度合い。より多くの学習者が、よりゴールに近づく活動は効果的な活動と言えます。
  • 教育活動の効率:
    教育の効果を保ちつつコストの削減を実現すること。同じ効果が達成されるのであれば、人・金・もの・時間を削減することを目指します。
  • 教育活動の魅力:
    「もっと学びたい」と思って終わる度合。

手順を示す「ADDIEモデル(アディ―モデル)」

インストラクショナルデザインという領域の中では数多のモデルが提唱されてきましたが、ADDIEモデルは、「インストラクショナルデザインを学ぶには、ADDIEから」と言われるほど一般的なモデルです。A・D・D・I・Eはそれぞれ下記の頭文字をとったものです。

  • A(Analysis:分析)
  • D(Design:設計)
  • D(Development:開発)
  • I(Implementation:実施)
  • E(Evaluation:評価)

1980年代半ばに広く知られるようになり、システム的な手続きである Plan-Do-Check-Action(PDCAサイクル)をインストラクショナルデザインに当てはめたものです。なお、このモデルはインストラクショナルデザイン全体のプロセスそのもの、として捉えることもでき、「D(設計段階)で参照する理論やモデルこそがインストラクショナルデザインモデルだ」とする立場においては、このモデルはインストラクショナルデザインモデルには含まれません。

学習意欲向上のための「ARCSモデル(アークスモデル)」

次に、ARCSモデルを紹介したいと思います。アメリカの教育工学者ジョン・M・ケラーによって1980年代に提唱された「学習の意欲」に関するモデルです。ケラーは学習意欲についての心理学諸理論をレビューして、カテゴリー分けしたところ、以下の4つに分類できるとしました。これらは基本的にA→R→C→Sの順序を持ちます。

  • A(Attention:注意):おもしろそう!
    学習の意欲に関して最初にくる概念。適切に学習者の注意を学びの本質的内容に向けることで好奇心を刺激し、学びにスムーズに入るきっかけを与えます。
  • R(Relevance:関連性):やりがいがありそう!
    学習の意義に関する要素。学習者の現在の境遇や将来、また個人的な興味と学習内容がどのように結びついているのか、把握できていることによって学びが促進されます。
  • C(Confidence:自信):やればできそう!
    「やればできそう!」という学びの道筋。到達点を明確に示すことや、成功体験が一つずつ得られる仕組みにすること、また失敗しても大丈夫な環境づくりを行うことで学習者に「私でもできるかも」と思わせ学びを促進します。
  • S(Satisfaction:満足感):やってよかった!
    「やってよかった」と思わせること。ここでは学習者を裏切らないことが一つの重要な要素です。例えばひっかけ問題は注意が必要で、「あんなに頑張ったのにひっかけでいい評価が得られなかった」と学習者を落胆させてしまう危険性があります。評価方法も含めてしっかりと考慮することが必要です。

このように、学習意欲と一口に言ってもこれだけ細かい要素に分割できます。必ずしもこれに則らなければいけないというわけではありませんが、学習のモチベーションを考慮する上では最もよく使われるモデルといってよいでしょう。

アンケート項目例
A:注意 知覚的喚起 この学習内容を通して新しい発見がありましたか?
探究心の喚起 この学習内容に好奇心をそそられましたか?
変化性 この学習内容に飽きることなく取り組めましたか?
R:関連性 目的指向性 この学習内容は将来役に立つと思いましたか?
動機との一致 この学習内容は身に付けたい内容でしたか?
親しみやすさ この学習内容は自分に親しみのある内容でしたか?
C:自信 学習要求 この学習内容の目標ははっきりしていましたか?
成功の機会 この学習をしっかりと進められましたか?
個人的なコントロール この学習で自分なりに工夫しましたか?
S:満足感 自然な結果 この学習で得られた知識や技能はすぐに使えそうですか?
肯定的な結果 この学習内容は地域から認めてもらえると思いますか?
公平さ この学習の成績評価の基準はわかり易かったですか?
※長井 映雄, 菊地 章「問題解決能力育成のための高等学校における ビッグデータ活用授業の実践」表8より

データに基づく授業改善

教育データを根拠として科学的に授業改善を図るために、実際にはどうしたらいいのか、を考える際に指針となるのがインストラクショナルデザインです。大雑把ではありますが、以下のような流れで現場での教育データ利活用とインストラクショナルデザインの関係性をとらえるとわかりやすいのではないでしょうか。

  1. 学習の目的・目標を設定する。
  2. 1に合わせたモデルを設定する。
  3. 教授方法の設計と、モデルに合わせたデータ収集の設計をする。
  4. 設計した教授を実践、データ収集を行う。
  5. データを分析・評価し学習目的の達成度を測定する。

「教育データ利活用」という単語だけを聞くと、どうしても4や5に目が行きがちですが、インストラクショナルデザインとしてはこれら全体のプロセスが重要になってきます。そしてこれをサイクルとして回していくことで、教授活動の改善を進めていくことができます。「最近よく教育データ利活用と話題に挙がるけど、何をしたらいいのかわからない」というときにこそ、この考え方を参考にしていただくとよいのではないでしょうか。

次回は、ADDIEモデル、ARCSモデルに基づいた実践例を紹介します。

構成・文:内田洋行教育総合研究所 研究員 坂本 亘

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