2003.03.18
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日本の伝統芸能、狂言を体験 宝塚市立宝塚小学校

中学校の新しい学習指導要領には、これまで馴染みの薄かった和楽器などを音楽の授業に取り入れるように明記されているが、指導する教師の側も、それまで触れたことのない楽器を、どのように生徒に教えていけば良いのか模索の段階。そんな混乱する教育現場の一助になればという思いから、TOA株式会社は、小中学生を対象に邦楽も含めた世界の民族楽器を体験するワークショップを開催している。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


目の前にはない扉を開けて閉める動作に挑戦
 
 
 
 



高らかに大笑い
 
 
 
 

 
大蔵流狂言「盆山」の一場面

本物の狂言に見入る子どもたち
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

社会貢献を担当する吉村真也さん

■声の芸術の一環として狂言を学ぶ

 2月21日、その18回目となるワークショップが行われ、宝塚小学校の生徒たちは、日本の伝統芸能である狂言を体験するために、神戸ポートアイランドにあるジーベックホールに足を運んだ。

 この日、講師をつとめるのは善竹隆司さんと善竹隆平さんの兄弟。二人とも大蔵流狂言師である父親の善竹忠一郎さんから、子どもの頃から狂言を学び、現在ではより多くの人に狂言の良さを知ってもらおうと海外公演も数多くこなしている。

 会場に集まった子ども達に、兄の隆司さんが「これまでに狂言を見たことがある人はいますか」と聞くと、意外なことに、何人かの児童の手が上がる。そこで、どこで見たのかを聞いてみると、宝塚北高校の生徒たちが演じたのを見たとの答えが返ってきた。それを聞いた隆司さんが「その宝塚北高校の狂言の指導には自分があたりました」と言うと、思わぬ結び付きに子ども達からは驚きの声があがった。

 狂言の魅力を子ども達に伝えるために、「能は悲しい話が多いけれど、笑えるような話になっているのが狂言」と丁寧に語りかけていく。「狂言が与える笑いは、今を生きていくということをテーマにしたもの」という言葉には、狂言はよく分からない子ども達にとっても印象に残るものとなったようである。
 「いばっている強そうな山伏を弱い蟹の精霊が倒すというのがおもしろいでしょう」と、隆司さんは語りかける。「昔の人は、えらい役人に苦しめられていたので、えらそうな山伏が、ひどい目に会うことが笑いにつながったのです」と、物語には風刺的なテーマが隠されいて、単なる笑いではなかったことを分かりやすく説明していく。「今はこのことが難しくて、よく分からなくても、大きくなったら改めてその意味を分かってほしいと」と語りかけていった。

■狂言の動きや発声を、みんなでチャレンジ

 狂言で重要になってくるのは、その動き。そこで、弟の隆平さんも舞台に上がって、二人で狂言の立ち方や歩き方の実演を見せていく。まずは、セリフを発しても体がグラグラしないしっかりとした姿勢を見せてみる。次いで狂言での基本的な歩き方となるすり足を披露。「すり足で移動するのは、足音が出たら見ている人が物語りに入りこめなくなってしまうから」と説明しながら、見本として実際にその動きを見せていく。
 
 ここで、子ども達も演技を見ているだけでなく、実際に声を出して狂言のセリフにチャレンジ。
 まずは、声を出す前に姿勢のつくり方からということで、指示に従って、足の間隔を握りこぶし大に開いて、ひざを曲げて立っていく。さすがに、ひざを曲げながら立つというのは、めったに無いことなので、どうしても体がふらついてしまう。
 そして隆司さんの後に続く形で、「これはこのあたりに~」と、声を出していくが、緊張しているのと、恥ずかしいのとで、なかなか大きな声が出ない。隆司さんからは「声を出すときに、体をゆすらないで」との声がかかる。次に「かしこまってござる」と声を出す時には、大きな声を出そうと、みんな一生懸命になっている。

 なんとか、大きな声も出るようになったところで、小道具である扇が登場。テレビドラマと違って狂言の舞台にはセットは存在しない。実際にそこに家や扉が無くても、目の前にあるように演じなければならない。
 弟の隆平さんが扇を使って、目の前には無い障子や扉の開け閉めを表現していく。「演技をしている人の前には無いはずの扉を想像してください」と説明する隆司さん。子ども達も隆平さんの演技を真似て「ガラガラガラ」と目の前には無い扉を開けていく。

 続いて披露されたのが動物の鳴き声。狂言における動物の鳴き声は、日常で表現されるものとは少し違っている。「ピーヒョロ」と鳴いて、子どもに何の動物の鳴き声か当てさせると、すかさず「トンビ!」という答えが返って来る。
 しかし「ビョウビョウ」という鳴き声は何かと聞いても、すぐに答えが上がらない。「何だろう」「ビョウビョウと鳴く動物っているのかな」と、みんなが首をかしげる。そのうち一人の生徒が「犬」と正解を答えると、意外な答えに驚きの声があがる。

 さらに、狂言に含まれる音楽的要素を体験してもらおうと、選ばれたのが狂言「蝸牛」の一節。隆司さんが「でんでん虫々、でんでん虫々」と一文を歌い上げると、それを聞いた子ども達は、音楽の授業に出てくるような歌とは、全く違ったテンポに戸惑いながらも、みんなで合わせて「でんでん虫々~」と声を出していく。

 最後は笑いの表現として、全員で高らかに大笑いして、狂言の体験が締め括られた。

 こうして狂言が、どういうものであるか、大まかに理解してもらったところで、善竹兄弟により大蔵流狂言「盆山」の始まり。これは盆栽が欲しくてたまらない男が、お屋敷に盗みに入るという物語。盗みに入ったところを、屋敷の主人にバレてしまった小心者の男が、どうにかごまかそうとする様子が滑稽に表現されていく。
 盗みに入ってこっそりと扉を開けるところも、主人に言われるまま、ごまかそうとして発する動物の鳴き声も、その前に実際に体験してみたことばかり。自分がやってみたことが、実際に演じられる舞台を興味深く見入っていた。

■民族楽器から邦楽まで多彩な内容のワークショップ

 TOAが、このようなワークショップを開催するのは、今回で18回目。今年度は声の芸術をテーマに、独特な発声を用いるものを、体験させてきた。

■企業が持っているノウハウを教育に活かす

 TOAは89年にジーベックホールを開設してから、音の可能性を探ることを目的に、様々なイベントを行ってきた。その活動の幅を学校に向けて広げたのは、新しい学習指導要領で、民族楽器の活用や体験学習が重視されるということを知ったのがきっかけ。民族楽器は演じている人も少なければ、資料も少ない。教える先生の側も知らない世界のことで、どうすれば良いかも分からないというのが現状。そこで、TOAが、これまでコンサートを開催してきたことで培われた経験やアーティストとの繋がりを活かして、子ども達に本物の音を体験してもらおうということになった。
 
 ワークショップは年に4~5回開催される。まず夏休みに教員を対象としたセミナーを開催し、秋から冬にかけてワークショップの場が設けられる。「珍しい民族楽器に対してビデオで演奏場面を見せるのと、本物を体験させるのとでは大きな違いがあります」と語るのは、社会貢献を担当する吉村真也さん。「今回の狂言でも、実際に見てみないと、あれだけ大きな声が出ているとは分かりません。空気の振動や、場の雰囲気が変わるということは、本物を見て初めて分かることです」

 「民間企業が主催するワークショップということで、教育現場に理解してもらうまでが大変でした」と吉村さんは語る。それを教育委員会の後援をもらったり、学校に足を運んで説明するなどして、実現にまでこぎつけていった。

 毎回、感想を聞くため、子ども達にアンケートをお願いしているが、「三味線をひきながら出される声がすごかった」、「太鼓を叩いた時の振動がすごかった」など、素朴に感動している子が多いという。「また、三味線をひきたい」といったメッセージをもらった時などには、本当にやっていて良かったと思うそうだ。

 「こうした活動を行っていることを、もっと知ってもらって、いろんな学校に来てもらい、多くの子ども達に本物を体験してもらいたい」と吉村さんは語っている。


TOAのホームページ
http://www.toa.co.jp/

ジーベックホールのホームページ
http://www.xebec.co.jp/xebec_news/


 

 

 

 

 

(取材・構成:田中雄一郎)

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