2008.04.22

出会えた幸運、出会えない不運

欧風カレー専門店『アルパッシェ』オーナー　高柳新

出会いをテーマにした話を２回書きましたが、もう一つだけ書きたいと思います。この話は、自分では何もしてあげることができない辛さを味わった思い出です。

　Ａ君は隣の小学校の６年生で、私とは直接には関係のない子でしたが、私の友達のＹ先生が体育の授業を担当していたので、彼の話はよく聞いていました。
｢走り幅跳びで軽く５ｍ跳ぶ、すごい子がいるんだよ。今まで何もスポーツはやってなくて、５年生までは体育も好きじゃなかったらしいんだけどね。他の先生は信じられないって言ってるよ。今度の陸上大会に出場させるから見てくれよ。｣
Ｙ先生は体育主任として、運動の得意な子をたくさん見てきた人ですが、25年以上の教師生活の中でも、何もスポーツをしていない子がこれだけの運動能力を見せたのは初めての経験だったそうです。Ａ君の５年生までを知る先生たちは、彼は体育ができるどころか、面倒がりで苦しいことは真面目にやらず、体育は苦手な子という印象だったようです。
　陸上大会でのＡ君の活躍は圧巻で、走り幅跳びだけでなく、リレーのアンカーとしても抜きん出た力を見せました。それこそ、他の小学校の子どもたちも先生方もＡ君の運動能力に驚かされたのです。私は走り幅跳びの審判をしていたこともあり、Ａ君のすごさを目の前で見ることができました。
　Ａ君の運動能力が劇的に伸びたのは、体の成長とともにＹ先生との出会いが大きな要因だったと思います。Ｙ先生はＡ君が６年の時に彼の小学校に転任し、体育を受け持つことになったのですが、すぐにＡ君の素質を見抜き、ことあるごとに認めてあげたのです。それまで、ほとんど誉められる経験のなかったＡ君にとって、それがやる気の源になったことはまちがいありません。Ｙ先生に乗せられて、５年生までは大嫌いで下位グループだった校内持久走大会まで６年生では優勝してしまったのですから。Ａ君はＹ先生と出会った小学校６年生の一年間、確かに光り輝いたのです。

　Ａ君が小学校を卒業するとき、Ｙ先生も私も、今後のＡ君に期待する一方で不安もありました。私もＡ君とは陸上大会から顔見知りになり、彼の性格をかなり知っていたのです。
Ａ君は優しい子でしたが、気が弱く他の人間に流されやすい面を持っていました。不良グループに誘われれば、それを寄せ付けない強さはないように感じられました。彼のことを親身になって伸ばしてくれる指導者に出会い続けなければ彼の才能が開花することはないように私たちには思えたのです。
　卒業式後の春休み、偶然、Ａ君が私の小学校に遊びに来ました。私は彼を呼び止め、
｢Ａ君、君が本当に真面目に努力すれば、どんなスポーツだって日本で一流選手になれると思います。Ａ君のものすごい才能を大切に伸ばしてください。｣
とアドバイスしました。そのとき、Ａ君は目を輝かせて、はい、と返事してくれたのですが…。
　Ａ君は中学に入学して陸上部に入りましたが一ヶ月と続きませんでした。その後、聞こえてくる風の噂は切なく、悲しい思いにさせられるものばかりでした。やがて噂もきかなくなりました。もちろん、それは私やＹ先生、そして中学の先生方に責任のあることではないでしょう。一番は彼の弱い心に原因があったのだと思います。ただ、自分を輝かせてくれる指導者に巡り会えるかどうかが人生を左右してしまう現実があまりにも重く感じたのです。

　Ａ君が小学校を卒業して10年以上が過ぎました。Ｙ先生とは、今でも時々会う機会がありますが、必ずＡ君の思い出話が出ます。そして、そのたびに私もＹ先生も懐かしさと小さな挫折感を感じるのです。