2008.02.20
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美化意識と人間の心理

横浜市立中田中学校 英語科 教諭   石山 等

 前回、犬の散歩でのウンチの放置問題に触れましたが、状況は徐々に悪化しているような気がします。特に雨や雪の日には、寒くて面倒くさいのか、放置されたウンチの数は一気に増えます。何かいい対策はないものでしょうか。心ない飼い主たちの無責任さに業を煮やした私の母は、多くの犬が散歩をする、通称「ウンチッチロード」に放置された他の犬のウンチを、定期的に除去し始めました。母と同じように、犬の散歩道を掃除してくれる人は他にもいるそうです。「善意」が少しでも功を奏すといいのですが。

 市内のある公立高校での話です。公開授業か何かのときに教室に入った他校の先生たちは、いっぱいになったゴミ箱からゴミがあふれ出している光景に驚いたそうです。その高校は、教室以外に設置されたゴミ箱も似たような惨状を呈していたとか。昔、「赤信号みんなで渡れば怖くない」というブラックギャグが流行りましたが、美化意識の欠損した人間が多い場所では、集団心理から他の人間まで美化意識が鈍るのでしょう。そういう意味では、設置されたゴミ箱を毎日きれいにすることは、想像以上に重要な作業です。

 今から20年ほど前、私は市内で最も荒廃した中学校に異動になりました。学校が荒れているというのは実に悲しいことで、充実した授業は期待できないし、善悪の感覚も麻痺しているし、教室も廊下も汚れ放題です。汚れた教室の床に、平気でツバを吐き捨てる生徒も少なくありませんでした。まだ未熟だった私は、ない知恵を振り絞って、休日にボランティアを募って大掃除を実施しました。7~8名の生徒が呼びかけに応じてくれたでしょうか。汚れた教室の床に軽く水をまき、その上からクレンザーをかけて、たわしでごしごしこすったのです。常識外れの強攻策でしたが、床は見違えるような輝きを取り戻しました。ワックスをどうしたかはよく覚えていませんが、ぴかぴかの床に平気でツバを吐く生徒はほとんどいなくなったから不思議です。
 その学校では、その後「汚れた場所はすぐにきれいにする」「壊れたものはすぐに直す」という「すぐやる課精神」が次第に徹底していきました。そして、校内美化が進むうちに学校も急速に落ち着きを取り戻していったのです。大多数の人間がプラスの意識で動き始めると、自分一人が背を向けるのは難しくなるのが人情です。

 同じ英語科の私の大先輩であるT先生は、学校の生徒指導の要として、誰もが一目置く存在でした。非常に怖い先生でもありましたが、それ以上に人格的に大変信頼のおける方だったのです。そのT先生が、新しい学校に転勤したてで昇降口の掃除監督になったときのことです。T先生の怖さをまだ知らない生徒たちは、まじめに掃除をやろうとしません。そこで、T先生は自分から率先して黙々と昇降口の掃除に取り組んだそうです。怖い顔をして怒鳴り声を上げるでもなく、ただひたすら昇降口をきれいにするT先生の姿は、生徒たちにの心を大きく動かしました。単純な美談だと思ったら大間違いです。T先生の行為は決して計算された作戦ではありませんでした。正しいと信じたことは、毎日粘り強く続ける信念の人だったのです。市内の多くの中学校が、清掃点検表を作って四苦八苦していた中で、粘り強く自分の背中で生徒たちの美化意識を目覚めさせたT先生の姿は、さぞかし新鮮な輝きを放っていたことでしょう。T先生の素晴らしさは、決して生徒からの見返りを当然のことのように期待しないところです。「自分がこんなに頑張っているのに、生徒たちはちっともわかってくれない」という意識があると、教師の行為は単なる「ポーズ」になってしまうかも知れません。 

 私の家の隣にあるマンションも、ゴミ捨てのルールを守らない住人に迷惑を受けていました。そこで、管理人さんはゴミ出しのルールをきちんと守ってくれるよう呼びかける貼り紙を作って、ゴミ捨て場に掲示すると同時に、定期的に粘り強くゴミ捨て場の掃除を続けました。ホースで水をまきながら、丁寧に掃除をするので、ゴミ捨て場のコンクリートはいつもぴかぴかです。「何で自分がこんなことまでしなければいけないんだ」とこぼしたくなる気持ちに負けずに、黙々と作業を続ける管理人さんの姿は、T先生の姿とダブります。マンションの住人さんたちは、自然と襟元を正されたようです。

 住みよい地域や学校を作るためには、美化意識は欠かすことができません。人間ですから「ゴミ一つない…」は不可能だとしても、一人でも多くの人が身近なところから粘り強い努力を始めれば、善意の輪は広がるかも知れません。

石山 等(いしやま ひとし)

横浜市立中田中学校 英語科 教諭
52歳。4年半のブランクを経て、教育界に復帰しました。最初に担任したのが3年生の素晴らしい子どもたちで、昔の元気一杯だった自分を思い出させてくれて、心から感謝しています。

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