2008.01.09
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学校は社会の縮図

横浜市立中田中学校 英語科 教諭 石山 等

 いやな事件が頻発した2007年でしたが、九州で生活保護を打ち切られて、「おにぎりが食べたい」というメモを残して男性が自殺したのも去年のことでした。「ワーキングプア」という言葉を耳にするようになったのはここ数年のことでしょうか。働いても働いても生活が豊かにならない日本人は、予想外に多い。もちろん、働きたくても仕事につけない人たちもいる。そんな厳しい社会の中で、弱い立場の人間が切り捨てられることが、少しずつ当たり前のようになってきている現代。「学校は社会の縮図」という言葉がありますが、昨年末に話題にした「いじめ」の問題も、その例外ではないでしょう。多くの人間がストレスを感じる状況が生まれると、弱い立場の人間がそのはけ口になりがちなのです。

 新しい学年を迎えたときの、最初の学級懇談会では、多くの学校がPTA組織の有無にかかわらず、各クラスの保護者代表を決めるはずです。そして、最近の傾向として、初顔合わせの学級懇談会への出席者数が年々減少してきているのではないでしょうか。学級代表になれば、学校の様子が手に取るようにわかる利点がある反面、定期的な集まりに顔を出す義務が生じるため、面倒な役員を引き受けたくない保護者が意図的に欠席するためです。子供の手本となるべき保護者がこれでは困りますね。ところが、面倒な役を引き受けたがらない傾向は、先生たちの中でも顕著になりつつあります。行事のリーダー的な仕事などは、職員会議の前にしっかり根回しをしておかないと、話し合いの場で無駄な沈黙の時間が過ぎてしまいます。ところが、子供たちが生徒会活動や学級会活動に消極的だと、親も先生も「自分のことばかり考えていないで、もっと積極的になりなさい」と子供たちの意気地のなさを批判する。子供たちの消極的な姿は、鏡に映った自分の姿だということに気づかないわけですね。

 クラスのある男子生徒が、数名の級友たちに囲まれて、プロレスごっこの餌食になっていたとします。これは、プロレスごっこという名前の明らかな「いじめ」なのですが、子供たちにとって、このような集団暴行行為の仲裁に入ることは、大変な勇気を要することです。そんなことをしたら自分が次の標的にされないとも限りません。体中をあざだらけにして泣きべそをかいている男の子を見て、周囲の大人たちは言うでしょう。「なぜ誰も止めに入らなかったんだ?どうして仲間を見殺しにするんだ!」でも、駅のプラットフォームや電車の中で、集団暴行を受けている人を見たら、私たち大人は何の迷いもなく仲裁に入ることができるでしょうか。一昔前なら、躊躇はしなかったかも知れません。なぜなら同じ行動を起こす人間が、確実に複数存在したからです。ところが、たわいもないことで切れやすい人間が多くなった現代にあっては、正義感が孤立を招き、自分の命まで危険にさらされることになるかも知れません。

 現代っ子たちは自己中心的だと、私たち大人はよく批判的な評価をしますが、果たしてそれは子供たちに限ったことでしょうか。子供たちが損得勘定に敏感なのは、社会の大人たちがその見本を示しているからなのではないでしょうか。現役教員時代の私は、子供たちに恥ずかしくない先生でいたいと、自分の尻に鞭打っていい大人を演じようと頑張っていたはずなのに、民間に出て、社会の冷たい風に吹かれるうちに、「余計なことに首をつっこんで損をしないようにしなければ」と自己中心的になってきているように思えて、寂しくなることがあります。

 今までは、人々の信頼を裏切ることはほとんどないと思われていた立場の人間たちまでが、平気で人の期待や信頼を裏切る時代。こんな社会の中で、子供たちがまともな倫理観を持ったまま大人になることは可能なのでしょうか。「学校は社会の縮図」という言葉は「子供は大人の鏡」という言葉と同義です。私たち大人が、「仕方ない」と妥協ばかりしていたら、子供たちの善悪の判断も次第に鈍っていくことでしょう。

 人間は完璧な存在ではありませんから、自分の弱さに負けてしまうことも度々あるでしょう。それに、社会を生き抜いていく上では「妥協」も必要です。でも、日本の未来を担う子供たちの健全な成長を願うとき、私たち大人はもうひと頑張りしなければならないかも知れません。新年は我が姿勢を振り返るいいチャンスです。

石山 等(いしやま ひとし)

横浜市立中田中学校 英語科 教諭
52歳。4年半のブランクを経て、教育界に復帰しました。最初に担任したのが3年生の素晴らしい子どもたちで、昔の元気一杯だった自分を思い出させてくれて、心から感謝しています。

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