2007.12.26
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喉元過ぎれば熱さを忘れる

横浜市立中田中学校 英語科 教諭 石山 等

 一時は大騒ぎしたことも、ちょっと時間が経過すると関心が薄れてしまうのは、何も私たち日本人に限ったことではないのでしょうが、日本語には「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という、大変有名なことわざがあります。「いじめ」による小中高生の自殺が大きな注目を集めたのはつい先日のことでした。文科省大臣が学校関係者に「いじめ」根絶のためのアピールを行ったのも、記憶に新しいところです。ところが、その後登場した様々な社会問題のために、あれだけ大騒ぎしたはずの「いじめ」問題も、現在では影を潜めてしまった感があります。実は、「いじめ」による子供たちの自殺が社会問題になったのは、今回が初めてではありません。私の記憶が確かであれば、私が教員になった1982年前後にも、似たような現象が大きな関心を集めたことがありました。なぜ、子供たちの命に関わるような重大な問題が、時間の経過とともに忘れられてしまうのでしょう。

 中学2年生のA子は、頭脳明晰で明るい性格のリーダーでしたが、部活での人間関係のもつれが原因で、それまでの快活さが嘘のように消え、暗い学校生活を送るようになりました。もうこれ以上は耐えられないだろうという限界にあっても、A子に対する「いじめ」は後を絶ちません。「複数の人間が結託して一人の人間をいじめるのは卑怯だから」とか「お互いの違いを認め合わなければ集団は成立しない」などのような、高級な倫理観に基づいた説得が、全く功を奏さないのが「いじめ」のやっかいなところです。多くの教育関係者なら認識しているとおり、子供たちの中には「優しい人間的な側面」と「残酷で動物的な側面」とが同居しています。残念なことではありますが、子供たちの周囲に「いじめ」は絶対に許さないという確固たる信念を持った怖い大人がいなければ、「いじめ」を即座になくすことはできないでしょう。しかも、大人の圧力が消したいじめは、決して根本的な解決にはなっていないというのが、またこの問題の難しいところです。

 A子の担任B先生は、若い男性教師でしたが、A子に対する「いじめ」を止めさせるだけの迫力には欠けていました。彼の必死の努力にもかかわらず、A子の欠席日数は徐々に増えていきました。そこで、同じ学年のベテラン男性教師であるC先生が登場します。彼は3年生の新しいクラスにA子を引き受けました。C先生は決して威圧的な人ではありませんでしたが、正義感が大変強く、「いじめ」は絶対に許さないという迫力のにじみ出た先生でした。C先生の庇護の下、「いじめ」の世界から抜け出すことができたA子は、みるみる自信を回復し、1学期が終える頃にはすっかり元の快活なA子に戻っていました。C先生はA子の前に守護神のように立ちはだかり、A子をいじめていた女子生徒たちをきっと睨みつけましたが、彼女たちの話に耳を傾ける時間も惜しみませんでした。C先生がA子に代わって人間関係のもつれを解決したという訳ではありませんが、A子にしてみれば、C先生がいてくれれば、少なくとも大波に打ち砕かれることはないだろうと安心できるような、防波堤の役目を果たしたのでした。

 「いじめ」問題の根本的な原因を、子供に代わって大人が取り除くことは、ほとんど不可能かも知れません。私たち大人にできることは、「いじめ」の存在を無視せずに問題と向き合い、剛柔織り交ぜた態度で「いじめ」を受けている子供を守りながら、できるだけ多くの子供たちの話に耳を傾けることでしょう。大人の代表として、教師が「いじめ」問題と真剣に向き合う姿勢をとることは、絶対に必要です。「いじめられる側にも問題はある」など、間違っても口にしてはいけません。どんな理由があろうとも、人権を踏みにじる行為だけは絶対に許されないのだという強い信念を、学校の先生をはじめとする社会の大人たちが失ってしまったら、子供たちの世界に希望はありません。大人になって実社会に出たら、「いじめ」に負けない強さも必要だということは、年齢に応じて学習していけばいいことなのです。

 「いじめ」はいつの時代にもあることなんだと、まるで達観したようなのんきなことを言っていてはいけません。先生の対応次第で、A子のように「いじめ」の地獄から脱して本来の自分を取り戻せる子供たちが、まだまだたくさんいるはずです。

 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」…私のHPの教育相談のコーナーには、未だに「いじめ」の相談メールが届きます。社会全体があれだけ大騒ぎした問題に、まだ真剣に取り組んでいない大人たちがいるというのは、実に嘆かわしいことですね。

石山 等(いしやま ひとし)

横浜市立中田中学校 英語科 教諭
52歳。4年半のブランクを経て、教育界に復帰しました。最初に担任したのが3年生の素晴らしい子どもたちで、昔の元気一杯だった自分を思い出させてくれて、心から感謝しています。

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