2007.11.21
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地域の“自然”を残すための教育

宮崎県えびの市立加久藤中学校 教諭 山下 豪一

 先日、もみじ狩を楽しみました。場所は、宮崎県えびの市にある“クルソン峡”です。正式には漢字で「狗留孫」と書きます。古くは、山伏も修行をしたという霊地で、水も清く美しく、渓流釣りの名所としても知られています。(参照:http://www.city.ebino.lg.jp/kanko/kuruson.html
 もともと照葉樹が多く紅葉した木々は多くはないのですが、写真のようにとても美しく紅葉し、とても心穏やかにしてくれました。「日本人でよかった…。」ふと思わせる、そんな風景でした。
 灯台下暗しとはよく言ったもので、車で30分の距離にありながら、秋のクルソン峡に来たことはありませんでした。夏には、毎年のように行っているのに、秋の紅葉のころに来たのは初めてで、改めてその美しさに感動し、地元にこのようなすばらしい財産があることに気づいたのでした。

 ゆったりとした時間の中、中学校の夏のクルソン峡の風景や、部活の先輩との思い出がよみがえりました。クルソン峡半ばにあるキャンプ場に学級でキャンプに来た思い出。級友のお父さんが、投網で、川魚を取ってくれたり、その投げ方を教えてくれたり…。「うっつっ」(地元での呼び名のゴム銛銃。たぶん「撃ち突き(うちつき)」の方言読みか?)を、部活の先輩に手ほどきしてもらいながら、手作りしたこと…。部活仲間で川に行き、「うっつっ」で、岩陰の川魚を突いたこと。

 昔の思い出から、ふと、現在の教え子たちに思いをはせました。
 夏休み前の、全校集会。生徒指導主事は、必ず「川での遊泳は禁止!行く場合は保護者同伴で行くこと。」と、必ず指導が入ります。そのためか、夏、川遊びをする生徒はほとんどいません。いたとしても、川遊びは泳ぐことが中心で、川魚を取るなどほとんどやらないようです。クルソン峡のような清流があるえびの市でも、川遊びの文化は私たち60年代の者で途絶えようとしているようです。これだけの自然がありながら、何かもったいないような、さびしいような気持ちになりました。

 この、川の文化を何とかする方法はないのでしょうか。昔は、私の経験にありますように、部活や地域の先輩から川遊びを学んだものでした。地域の学年を超えた縦社会から、文化を受け継いでいました。この文化は、遊びにとどまらず、目上の人や後輩との付き合い方も含まれていました。社会性も学んでいたように思います。
 一方今の生徒たちは、同じ年齢の横のつながりが強いようです。しかも、遊びも集団で遊ぶことは少なく、ゲームや漫画を読むといったように“個”になる遊びで、社会性が育ちにくい環境にあるようです。最近の子供たちに社会性が育たない一因は、どうやら、地域社会の教育力の低下にあるようですが、今一度、子供たちを取り巻く地域社会の変化を研究し、地域の教育力向上を考えないといけないようです。
 そうでないと、せっかくの地域の自然などの貴重な財産を残そうとする、“地域を支える若者”たちがいなくなるような気がしてなりません。
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山下 豪一(やました ひでかず)

宮崎県えびの市立加久藤中学校 教諭
山下豪一(ひでかず)と申します。鹿児島,熊本両県に接する宮崎県西部のえびの市で、社会科を担当しております。校務のIT化に興味を持つ教員です。

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