2007.11.14
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あいさつ運動

横浜市立中田中学校 英語科 教諭   石山 等

 ある中学校で学級委員会の担当をしていたときのことです。その学校の学級委員会は、長年取り組んできた「あいさつ運動」を伝統としていました。毎朝、交代で学級委員が正門に立ち、登校してくる一般生徒に大きな声で「おはようございます」の合唱をします。この運動には賛否両論があり、一時的に場所を変えて実行したこともありましたが、運動の妥当性は別としても、挨拶が活気ある学校作りの基本だという考え方には、間違いはなかったと思います。元気に挨拶をしてくれる生徒たちを尻目に、いつも仏頂面の先生も数名はいて、学級委員会で問題提起されたときには、ちょっと困ってしまいましたが。

 さて、現場を離れて一般社会に出てみると、驚くほど挨拶の習慣がないことに気づきます。それは、他人との関わりが危険な事態を招く可能性のある、悲しい社会の実情を反映しているのかも知れません。元気な挨拶は、たとえ形式的なものであっても、集団の雰囲気を明るくしてくれます。逆に、挨拶のできない人を見ると、まるでコミュニケーションを拒絶しているような険悪な雰囲気を感じてしまいます。

 教師を辞めて自由な時間ができた私は、愛犬を連れて毎日のように地域を歩き回るようになりました。学校という閉鎖社会で暮らしていた私は、最初の頃は地域の人たちとどのように接していいのか戸惑いました。誰にどうやって声をかけていいのかわからない。恥ずかしいことです。そのうち、開き直った私は、誰彼かまわず、散歩の途中で出会う人たちにことごとく挨拶をするようになりました。「こんにちは」「こんばんは」人間というのは不思議なもので、簡単な挨拶を交わしただけでも、急に親しくなったような気になります。

 最近になって、私はときどきあの正門での「あいさつ運動」のことを思い出します。当時は私自身疑心暗鬼だったあの形式的な活動が、実は大変に大きな意味を持っていたのではないかと思うようになりました。なぜなら、私が散歩の度に積極的に挨拶をしてきたことで、私と地域との距離は確実に縮まったからです。地域を身近に感じるようになると、地域住民として何をすべきか真剣に考えるようになります。ゴミ捨て場のルール違反に強い関心を抱いたり、電灯の少ない危険箇所を把握したり、登下校中の子供たちと笑顔を交わしたり、挨拶がきっかけで、地域にとけ込むことができた気がするのです。

 現役教師時代にも、もっと地域を歩くことができたら最高でしたね。なぜなら、地域の一住民として学校を見ると、やはり物理的かつ心理的な塀の高さを感じるからです。勤務時間後に先生たちが地域の人たちと雑談をしている光景もまず見かけません。生徒の下校時間に先生たちが地域を歩くようになれば、それは安全対策にもなりますし、同時に地域との関係をより一層深めてくれることでしょう。私はある中学校のすぐそばに住んでいますが、商店街のある親父さんがぼやいていました。「昔は運動会の前にプログラムを持って先生たちが挨拶に来てくれたんだけどね、最近は何の音沙汰もないよ。挨拶に来てくれりゃあ、ちょっとは寄付もしようかと思ってるんだけどね」

 「あいさつ運動」が本当に必要なのは、学校の正門ではなくて、地域社会なのかも知れませんね。地域には大きな教育力が今もまだ健在だと思うのです。「地域との連携」という言葉が、スローガンだけに終わらないことを願いたいものです。
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石山 等(いしやま ひとし)

横浜市立中田中学校 英語科 教諭
52歳。4年半のブランクを経て、教育界に復帰しました。最初に担任したのが3年生の素晴らしい子どもたちで、昔の元気一杯だった自分を思い出させてくれて、心から感謝しています。

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