2007.10.17
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愛犬から学ぶこと

横浜市立中田中学校 英語科 教諭 石山 等

 我が家では、私が子供の頃から常に犬を飼っていました。今は、3歳7ヶ月になる雄の柴犬と一緒の生活です。インターネットのオークションサイトに出品されていた彼は、その愛くるしい笑顔ですぐに私の心を惹きつけてしまいました。坂本龍馬が大好きな私は、彼に「龍馬」という名前をつけました。我が家に向かう車の中で、心細さそうに妻の首にしがみついていた龍馬の姿は、今でもはっきりと覚えています。
 
 実は、家の中で家族と一緒に暮らす犬は、龍馬が初めてです。それまでは、犬は庭で飼っていたので、龍馬と生活を共にするようになってから、新たな発見がいろいろありました。生まれたときから愛情をたっぷり注がれて育った龍馬は、感情の安定した非常に気だてのいい柴犬です。散歩で出会う「犬恐怖症」のワンちゃんたちも、龍馬には不思議と近づいてきてくれます。この3年とちょっとの間に、彼は地域のアイドルとなりました。
 
 ところが、そんな大人しい彼も、家の中ではいろいろな悪戯をしでかしてくれます。私のスリッパはしょっちゅう彼の所有物になりますし、洗濯物なども油断しているとすぐに奪われてしまいます。母は玄関に置いていた高価な草履をやられてしまいました。革張りのソファーにも穴を空けてしまう始末。明け方に彼の寂しそうな鳴き声にたたき起こされて、まだ暗い中を散歩に連れ出したこともありました。具合が悪いのかと思ったら大間違い。玄関から一歩外に出た龍馬は、もう嬉しさのあまりスキップをしているのですから。
 
 そんなとき、一冊の本と出会いました。それは「犬の作戦」について書かれた非常に面白い本です。その中に、犬がしでかす数々の悪戯は、実は飼い主の気を惹こうとする作戦に過ぎないと書かれていたのです。ときには、飼い主の呼びかけをわざと無視することもありますし、具合が悪い「ふり」をすることもあるのだそうです。龍馬のいたずらはまさにその通りのように思えました。犬の一生はせいぜい15年から20年。短い一生の中で、少しでも長い時間飼い主と一緒にいたいと、犬は願うのだそうです。私のスリッパを持ち逃げするのも、私にそのスリッパを取り返しにきてもらいたいがためです。龍馬の悪戯は、決して私たちを困らせるためにしているのではないことを知ったとき、彼に対する愛おしさはそれまでの何倍にもふくれあがりました。
 
 龍馬の悪戯を見ていて、人間の子供や老人の行動と似ているのかも知れないと思うことがよくあります。周囲の人間の注意を惹くために、わざと困らせるようなことをする。そういう子供はきっと愛情が足りないのでしょうし、老人は寂しさでいっぱいなのでしょう。周囲の人間が、その心理をよく理解していれば、気持ちに余裕を持って対処することができるのかも知れませんね。私たち自身の言動を振り返ってみても、思い当たることがいくつもあります。敢えて無口になったり、あるいはちょっと愚痴めいたことを言ってみたりするときは誰かに声をかけてもらいたい場合がないでしょうか。
 
 子育てに対する関心が高まったせいか、最近は子供に厳しいしつけをすることが、立派な親の証であるかのような錯覚に陥っている人も少なくありません。でも、表面的な行動を文字通り単純にとらえて過度な反応をするのは賢明ではありません。裏にあるメッセージを読み取ることで、全く違った対応が生まれるかも知れないからです。
 
 おや、またまた龍馬が私のスリッパを抱えています。笑顔でいる私を横目で見て龍馬は不思議そうな顔をしています。「パパ、奪い返しに来ないの?」そうですね、こういうときは怒ったふりをして奪い返しに参上しなければなりませんね。
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石山 等(いしやま ひとし)

横浜市立中田中学校 英語科 教諭
52歳。4年半のブランクを経て、教育界に復帰しました。最初に担任したのが3年生の素晴らしい子どもたちで、昔の元気一杯だった自分を思い出させてくれて、心から感謝しています。

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