『ウィキッド ふたりの魔女』 皆に愛された「オズの魔法使い」を、角度を変えて構築した傑作ヒューマン・ファンタジー

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、緑色の肌を持つエルファバと美しく人気者のグリンダ――正反対の少女たちの友情と成長を描く『ウィキッド ふたりの魔女』をご紹介します。
なぜ緑色の肌をしたエルフォバは悪い魔女になったのか!?

© Universal Studios.All Rights Reserved.
1939年に、後々にまで皆に愛されたある映画が公開された。それが『オズの魔法使』。竜巻によって家ごと吹き飛ばされた少女ドロシーと愛犬トトは、不思議な“オズの国”へと入り込む。そこでドロシーは“脳みそのない案山子”、“ハートのないブリキのきこり”そして“勇気のないライオン”と出会う。
なんとか家に帰りたいと願うドロシーは、彼らとともに黄色いレンガの道を辿りつつ、この国を治める偉大な魔法使いのオズのもとへと向かう。
そんなドロシーたちがオズから出される難問が、国の中で暴れ回っている悪い西の魔女の箒を取って持ってこい……というものだった。かくしてドロシーは西の魔女のもとへ行き、偶然とはいえ、西の魔女を倒すこととなる。実は案山子に火がついて燃えたので、それを消そうとバケツの水をかけたところ、その一部が魔女にもかかり、魔女が溶けてしまったのだった。
この西の魔女こそが、2部作として作られた『ウィキッド ふたりの魔女』の主人公で、緑色の皮膚を持つエルファバだ。
『ウィキッド』では、そんなエルファバの死を善き魔女グリンダが民に知らせるところから始まる。その際に民の質問を受けたグリンダは、実はエルファバとかつて友人であったことを明かし始める……。
忌み嫌われた力は、素晴らしい魔法の“才能”だった!!

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生まれつき皮膚が緑色で、手を使わずに念じるだけでモノを動かしたりする不思議な力を持ったエルファバは、同級生たちからはイジメの対象になり、また親からも忌み嫌われて育った。そんな彼女には生まれつき足が不自由で車椅子生活を送っているネッサローズという妹がいる。妹を大学の入学式まで送っていったエルファバは、そこでうっかり特殊能力を使ってしまい、学長のマダム・モリブルにその異端の力こそ魔法能力であり、“才能”であると認められて、なんと妹とともに大学に通う資格を与えられることとなる。思ってもみなかった幸運が転がり込んできたのだ。

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でも良いことばかりは起こらない。よりによって大学寮で同室となったのは、エルファバに対し「あなた緑色よ」とわざわざ指摘した、取り巻きが多い超人気者のグリンダ(この時の名はガリンダ。後にグリンダと改名)だった。最初からお互いに鼻持ちならない相手と確信したふたりはバチバチぶつかり合いながら大学生活を送ることになる。
そんな展開で始まるこの物語は、ハッキリ言ってごく普通の学生青春モノの様相。クラスの中のいわゆるイケてる女子と、ダサいとからかわれる女子。そのいがみあいと思わぬ和解がまずは描かれていくのだ。
この手の学園の王様系男女とその取り巻きの鼻持ちならない態度は、アメリカの様々な映画やドラマで幾度も描かれてきた。そんな中でも、この映画におけるグリンダの相手を見下す態度はベスト3に入るくらいなかなかすごい。エルファバが今までどんな思いで生きてきたかなんて考えもせず、同室なのに狭いところにおしこめようとしたり、ヤギの先生(この世界では動物たちも言葉を語る)がうまく自分の名を言えないことに腹を立てたり。可愛いけれどおバカで、相手の立場に立つという思いやりを見せない姿には、筆者も正直イライラが募るほどであった。
またエルファバにも問題が。他人から距離を置かれて生きてきたせいか、なかなか彼女自身が他人に心を開かず、なおかつ自分に対する自信が持てないでいるので自ら誰かと仲良くしようとしない。積極性がゼロなのだ。これでは友達のできようがない。
でもむしろ隠そうとしていた魔法の力が、実は“才能”だったことを知ったエルファバは徐々に考えを変えていく。
自分が忌み嫌われていた時のように相手を受け入れることができなければ、それこそ何も変えることはできない、のである。
それに気づいた彼女は、衝突ばかりしていたグリンダにも優しさを見せるようになる。結果、その優しさがグリンダの心根も変えていく。さらにはチャラチャラしていて勉強に対する興味はゼロ、遊び人な王子・フィエロの心も変えてしまうことになる。
そう、実は『ウィキッド』は、青春モノであると共に成長モノでもある。人は人から影響を受けることで、最も大きく変わっていくもの。いい意味でそれぞれが影響を受け、夢見るだけでなく自ら努力することの大切さ、恐れることなく一歩を踏み出すことの重要さや、自分で考えることの肝心さが謳われる。
自分で考えない大衆の愚かしさがエルファバの生き方と対照的に描出される

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またこの映画では対照的に何も考えない移ろいやすい大衆の姿も顕著に映し出す。グリンダの取り巻きも含めて、学校の人々や街の人々すべてがその大衆として描かれるが、情報をすべて鵜呑みにし、自分の頭で考えず、周囲の人々の動きに合わせる大衆の姿は正直いっておぞましくすら感じる。特にそれを深く感じたのは、「スターダスト」というクラブに行った時。そこにグリンダがわざと嫌がらせでプレゼントしたダサい三角すい型の魔女帽子を被って現れたエルファバは、着飾った同級生みんなから指をさされて笑われる。そこで初めてエルファバは帽子が送られた理由を知ってしまうが、そこで彼女らにオリジナリティに富んだダンスを見せる。だが周囲の目は、「変なダンス、踊っているぅ!!」という冷笑な態度。こんな圧倒的なアウェイ感の中でエルファバは、まるで私は何を言われても関係ないとでも言いたげに踊り続ける。だがグリンダは見抜いてしまうのだ。何を言われても平気というのはエルファバの精一杯の嘘であり、本来はとてつもなく傷ついているのだということに。
自分の行為を反省したグリンダは、エルファバの自己表現あふれるダンスの真似を始める。それはあなたという存在を受け入れるというメッセージでもある。涙をこぼしながら、グリンダと踊るエルファバ。この2人のやりとりはとても感動的だが、イラッとくるのはそれまでにエルファバを小馬鹿にしていた連中が、グリンダの行動を観てエルファバのダンスを始めたこと。こういった様子を観ていると、彼らがたいした理由もなく、エルファバに対して冷たい態度を取っていたことがよーくわかる。グリンダというリーダー的な存在が右を向けば右を向く。リーダーが走れば共に走り、リーダーが踊れば彼らも踊るのである。一人ひとりが流されずにちゃんと自分の意見を持ってちゃんと考えてその場に立てば、無用なイジメはなくなるのかもしれない。そんなことも思わせてくれる深味ある場面であった。
作品自体が「映画」として成熟していく面白さ

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あと面白いのは映画自体の変化だ。映画全体が前半の青春モノのシーンは軽いコメディ映画のようなタッチで進む。顔のアップなども多く、ちょっとテレビを見ているような気軽さがある。逆にいえばあまり映画映画してはいない。
しかしある出来事が起きて、エルファバの心に大きな変化が起こると、映画自体もいわゆるお気軽さのない映画になっていく。それまでは画の決め方もやや甘かったりするが、クライマックスに向かって圧倒感、スリリングさ、スピード感などがグイグイ増していく。まるで子どもが大人になっていくような、そういう成熟感があるのだ。そのことに気づくとちょっと甘く感じるビシッとした引き絵が足りない前半のミュージカル場面も、意図しているように思えてくる。それくらいクライマックスへと昇り詰める様は見事だし、なにしろ心地が良いし、見ていてアドレナリンがドバーッと出たのも自覚できる。
はたしてこの第1部を受けた、11月に公開予定の第2部がどんなふうな熟れ感を見せるのか。映画として魅せてくれるのか!? 映画館で観ていた方が間違いなく良い1作。まだまだ間に合うので映画館へ急げ!!
- Movie Data
『ウィキッド ふたりの魔女』
監督:ジョン・M・チュウ
出演:シンシア・エリヴォ、アリアナ・グランデ、ジョナサン・ベイリー、イーサン・スレイター、ボーウェン・ヤン、ピーター・ディンクレイジ、ミシェル・ヨー、ジェフ・ゴールドブラムほか
原作:ミュージカル劇「ウィキッド」
作詞・作曲/スティーヴン・シュワルツ
配給:東宝東和
大ヒット全国公開中
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『ウィキッド ふたりの魔女』公式サイト
- Story
魔法と幻想の国『オズ』にある〈シズ大学〉である少女たちが出会った。ひとりは誰よりも優しく聡明なのに、人とは違う肌色を持ち不気味な力があったことから、周囲はおろか家族からも疎まれて育ったエルファバ。もうひとりは誰よりも皆に愛されることを好み、数多くの取り巻きに囲まれて生きているグリンダ。正反対の性格の2人が、何故か大学寮で偶然ルームメイトに。当然、最初は反発しあい、何かというとぶつかりあっていた。しかし互いの本当の姿を知るに連れ、ふたりの絆は深まっていく……。
文:横森文
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横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。
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