2007.08.12
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

日本語指導が必要な外国人児童生徒のこと

京都外国語大学 非常勤講師 森 美抄子

 ここのサイトの「情報ファイル」にもありますが、今月一日文部科学省から「公立小・中・高等学校等における日本語指導が必要な外国人児童生徒の受入れ状況等」の平成18年9月1日現在で行った調査の結果が発表されました。
 まとめるのに1年かかったのね・・・と思いながら見てみました。全体で8.3%の増加だそうです。でも、不就学も増えているはずなので、実態はもっと多いだろうと予想されます。
 さて、その詳細のページに次のような文章があります。

 なお、「日本語指導が必要な外国人児童生徒」とは、日本語で日常会話が十分にできない児童生徒及び日常会話ができても、学年相当の学習言語が不足し、学習活動への参加に支障が生じており、日本語指導が必要な児童生徒を指す。

 今回はこの注釈のことを少しお話したいと思います。

 子どもの日本語教育について考えるときには、バイリンガル教育や第二言語習得といった視点が大切になります。子どもは発達の過程で日本語を習得することになるからです。
「生活言語」と「学習言語」ということばは文科省も使っていますが、授業のときに必要な語彙や表現というのは普段の話しことばとはずいぶん違います。わたしたちは生活の中で「デシリットル」や「直方体」といったことばを使いますか?また、教科書に書かれている日本語は、語彙だけでなく文の構造も話しことばとは異なっています。

 子どもはすぐに日本語を覚えて、学校生活になじんでいきます。先生は子どもが話しているのを聞いて「ああ、日本語が上手になったな、もう大丈夫かな。」と安心します。でも本当は、先生の指示がわかる、友だちと仲良くしている、ということだけでは日本語の能力を判断することはできません。
 学校生活に適応し、要領よく動いているだけかもしれません。特別な手当てをせずにいると、授業中、先生の話しことばによる説明はわかっても、教科書を読んで理解できなかったり、テストのときに問題文からわからないといったことも起きます。 

 低学年は、「ことばというのは他に伝えるために読み書きされるものである」ということを知る時期です。今まで音声中心の言語活動をしていたのが、表記のルールを学び、文を読み書きし始めます。
 この時期に来日した子どもたちは、日本語の音声言語を覚えるのと同時に「読み書きすること」を学ばなければなりません。日本の子どもたちは既にたくさんの単語を知っており、文や文章も聞けば理解できるようになっています。それを文字言語と結びつけていく、という作業をするのですが、外国人児童にとっての負担の大きさは想像できますでしょうか。大げさに言えば、幼児期6年分の言語活動を同時進行させるわけですよ。

 小学校の中学年に来日した子どもは、「目に見えないものもことばで表現される」ことを知る時期にあたり、「ことばでことばが説明される」抽象語は、説明に使用されることばや説明のための表現も同時に学ばなければなりません。複雑な文構造によって描写されることがらも、語彙と文法を理解していかなければなりません。

 辞書を見て、母語に置き換えれば理解できる年齢に達するまでの子どもたちは、本当に大変なのです。それなのにテストの成績が悪いと、「外国人だから仕方ない」や「もともとの能力に問題があるのではないか」というふうに捉える大人がいるのです。

 じゃあ中学生で来日したら大丈夫か、というと、今度は高校受験を控えて、容赦なく高度な学問的内容と語彙・表現と膨大な量の漢字を学習しなければなりませんので、これまた大変です。
 
 そんな大変な思いをしながら、子どもたちはがんばっているのです。自分で選んで、その苦労をしているはずはないのですが。健気ですね。

森 美抄子(もり みさこ)

京都外国語大学 非常勤講師
留学生たちに日本語を教えるのが仕事です。そして、日本語教育を学んでいる学生たちにその面白さと厳しさを伝えていくのも仕事です。人間だって宇宙人、日本語だって外国語。

同じテーマの執筆者

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop