2007.07.15
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この事態、一体どうしてくれよう

京都外国語大学 非常勤講師 森 美抄子

 日本語文化のお話、第三弾です。

 初級のクラスで基本的な授受表現を勉強します。「あげる」「もらう」といった文型です。この概念はたいていの言語にありますので、理解が大変だということはありません。でも、 「くれる」は別です。きちんと説明をしなければなりません。でなければ留学生たちは「先生は私に本をあげました」というような間違いをするのです。

 私たちは「もらう」と「くれる」が方向として同じように感じるのですが、実は 「くれる」と「あげる」が同じなのです。対象者が「私(あるいは身内)」になったとき、「あげる」が「くれる」に変わります。下の文のように主語は同じです。

 「先生は学生に本をあげました」
 「先生は妹に本をくれました」

 それから、「あげる」と「もらう」は第三者の視点で話すことができますが、「くれる」は必ず「私」が絡む主観的な表現だということです。動詞が使われても同様です。

 ○「AさんはBさんに本を貸してあげた」
 ○「BさんはAさんに本を貸してもらった」
 ×「AさんはBさんに本を貸してくれた」
○「Aさんは私に本を貸してくれた」

 さて、この「くれる」ですが、なぜほかの言語では「あげる」のままでいいのに、日本語だと「くれる」になるのか、というところが文化の秘密。「私は特に要求もしていないのに、相手が進んで私に対して働きかけたことに、恩恵を感じている」という意味を持っています(もちろん、要求している場合もありますが)。とにかく、相手の好意(行為)に感謝を表しているのが「くれる」なんです。

 そして、謝意も大切ですが、「相手の好意」というのが、次に「私の意志ではない」という意味をもってきます。
 要するに「あげる」「もらう」にはそのような深い意味はないのですが、「くれる」は心理を表現しているんですね。

 「パパに買ってもらったの」といえば、おねだりした可能性がありますが、「パパが買ってくれたの」では甘いパパの可能性が大です。

 「有事には自衛隊に行ってもらう」だとお願いしていますが、「有事には自衛隊が行ってくれる」は自衛隊の意志が見えます。(表現で意味のすり替えもあり、ということです。要注意。)

 「今までよくがんばってくれた」は、あくまでも「あなたなりに」であって、「あなたの意志でしていたこと」を表します。ひいては「私はなにも頼んだ覚えはないんだよ」と突き放した意味まで出てきます。

 「あなたは何もしてくれない」というのは、不満の表明。「あなたには何もしてもらってない」というより感情が高ぶっています。

 「社保庁は一体何をしてくれたんだ」は大いなる皮肉ってことですね。
「この事態、どうしてくれよう」とは、その未来形(意志形)。未来につないだ期待、ちゃんと応えてくれるんでしょうか。

森 美抄子(もり みさこ)

京都外国語大学 非常勤講師
留学生たちに日本語を教えるのが仕事です。そして、日本語教育を学んでいる学生たちにその面白さと厳しさを伝えていくのも仕事です。人間だって宇宙人、日本語だって外国語。

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