2007.05.20
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かたじけないでください

京都外国語大学 非常勤講師 森 美抄子

 先日の初級クラスでのことです。
練習問題のプリントを一人一人に配っていたときチリ人の学生がこう言ったのです。

「かたじけないでください」

 一瞬、何を言っているのかわからなかったので、
「え?」と聞き返すと、
「かたじけないでください、サムライ弁。」と返ってきました。
どうやら、「ありがとう」という意思表示をしたかったようです。

 こういう時には、「教育の弊害」ということを感じます。教育することによって起こるエラーですね。

 初級のクラスというのは、一般的には基本的な文法項目を指導していくことが中心になっていて、動詞なら「ます」「ません」からはじまり、「ました」「ませんでした」に移り、「て形(連用形)」「ない形(否定形)」などの活用を練習していきます。

 活用形の練習の時には、形だけを指導するのではなく、「てください」「てもいいです」などその形を使う表現文型で指導します。「ない形」では普通「ないでください」で勉強します。

 学生は、「かたじけない」が形容詞だとは思わず、動詞の「ない形」だと思ったんでしょうね。でも、先生に対しては丁寧に話さなければならない(これも「ない形」の文型)という意識が働いたので、「ないでください」となったものと思われます。

 でも、なかなかいいセンスしてるでしょ?こういうエラーは大好きです。
 街中で出会った日本語の、この意味は何か、これはどう言うのか、という質問が多いクラスはとても楽しいです。興味があるってことですよね。彼らのそんな欲求に応じられるよう、いろいろ小道具も用意して日々奮闘しています。

 さて、その日の授業が終わりました。

 件の学生は帰り際、にこやかに手を振ってこう言いました。

 「せっしゃはこれで」
 


森 美抄子(もり みさこ)

京都外国語大学 非常勤講師
留学生たちに日本語を教えるのが仕事です。そして、日本語教育を学んでいる学生たちにその面白さと厳しさを伝えていくのも仕事です。人間だって宇宙人、日本語だって外国語。

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