先日は35度を超え、汗だくになりました。でも、その翌日には涼しい風が吹く一日となり、気温差に身体がついていきません。皆さんも、体調には十分にお気を付けください。
さて、前回まで3回にわたり「心を開く」について書いてきました。心を開いて生きることは、人生にとって大切なことであり、全てのシチュエーションで大きな意味をもちます。私たちは自らが心を開くことを心がけ、成長まっただ中にある子どもたちの良い手本となるべきです。それによって、子どもたちの人生に大きな影響を与えるからです。
この話題を閉じる前に、心を開くことにためらいのある子どもの様子について、お知らせしておきましょう。以前にもお伝えしたことのある内容です。
数年前に、若手教師と子どもたちの様子について話をしたことがありました。一人の子どもの話題になったときに、「あの子は風邪が治らないのでしょうか。いつもマスクをしていますね」と若手が質問をしてきました。私は、もしかしたら心を閉ざしているかもしれないので、自信をつけてやれるように、普段から声をかけてほしいという話をしました。
若手教師に限らず多くの人の常識から見れば、マスクは花粉症や風邪のときに付けるものという思い込みがあります。しかし、自分をさらけ出すことを苦手とするときに、人はマスクなどで自分を隠そうとします。そういった心理状態があることを知っていれば、不用意に、「風邪引いたの?」と声をかけることを防ぐことができます。小さなことでも話をして、子どもの理解を深めることは大事だと思った出来事でした。
私がかかわった子どもの中にも、マスクを外せない子どもたちが数人いました。このうちの一人は友達と一緒に勉強することが楽しくなった途端に、マスクをして登校することはなくなりました。またある子どもは、友達から不愉快な言葉を浴びせられたことがきっかけでマスクを外せなくなっていましたが、多くの人たちに励まされ、自分自身を見つめたり、自信を取り戻したりすることを通して、マスクをしなくなりました。
マスクに限らず、気に入った洋服にこだわることもあるようです。このような子どもの場合は不安な気持ちを受けとめ、時間をかけて心をほぐす努力をしなければなりません。子どもの心に寄り添い、少しでも心を開くための支援をしていきたいと思います。
ところで、今回は内容を変えて、授業の質を向上させるための動機付けについて考えてみようと思います。子どもたちの心を開かせると同時に、子どものモチベーションを高め、それをある程度の水準で保つような授業の展開を考えないと学力は伸びません。しかし、子どもの学習意欲を感じ取り、それを操作する技術をもち、子どもたちとのやりとりによって授業を行っていくのは並大抵なことではないのです。
新卒で教壇に立つ場合、教育実習での授業を行った経験しかないことが多く、教師としてどのように授業を進めていけばいいのだろうかと悩むのは当然のことです。私も最初は不安がありましたし、思い出すと恥ずかしくなるようなレベルの授業しかできませんでした。でも、どうやったら上手な授業ができるのかを、先輩から盗もうとしたり、研究授業や研究会に参加したりしてきました。時代の流れから取り残されないようにという思いから、本もよく読みました。
しかし、そういった努力にもかかわらず、授業の上達には時間がかかるのです。私たち小学校の教師は1年間に1000時間近くの授業を行います。それを約30年間続けてきた今でも、毎時間が満足できる授業だったとは言い切れません。まだまだ頑張らなければという思いがいつもあります。
そうであっても、子どもの観察を注意深く行い、いつも子どもと共に授業を創っていこうという気持ちをもっていれば、授業力は必ず身につきます。問題なのは、自分の描いた台本の通りに授業を進めようとすることです。そこにこだわるあまり、子どもの気持ちや学習への興味や関心、意欲に目を向けなくなってしまうことなのです。
もちろん、授業をどのように展開していくのかをイメージしておくのは、とても大切な予習です。それによって、学習プリントを印刷したり、提示する写真や図を準備したりすることができるからです。私は今、5・6年生の算数を担当しています。その2学年分の授業であっても、寝ている間に授業をどうしようかと考えていることがあります。朝、職員室で若手と雑談し、夢で授業の準備をしていたと話すと、若手も同様の経験があるという話で盛り上がるのですから、つくづく因果な商売だと思います。
でも、そのイメージを押し付けて、自分の意のままに授業を進めるのは、良いこととは言えません。教師にとっての意欲は持続するかもしれませんが、子どものモチベーションは持続しないからです。子どもの気持ちをないがしろにした授業では、学力を高める効果は半減してしまうのです。
では、どのようにしたら、子どもの学習への動機付けをすることができるのでしょうか。
私が子どもの頃には、「テストで百点を取ったら、自転車を買ってもらえるんだよ」と自慢気に話す友達がいました。幸い私の両親は、そういうことは言わなかったので、物でつられることはありませんでした。ただ、「いい大学に入れば、いい就職ができ、いい結婚ができ、幸せな人生を送ることができる」という風潮の中で育ったので、勉強しなさいという圧力は強かったと記憶しています。
私たち教師は、馬の鼻先に人参をぶら下げるような動機付けはできません。勉強をしないと進学できないよと脅かすこともできません。そこがとても難しいところです。もちろん、高学年にもなれば、受験しようと考えている子どもたちもいますし、進学に向けての欲も出てくるので、励ますことはできるようになります。でも、低学年の子どもたちには、そういうやり方は通用しません。
子どもたちへの動機付けで悩んだら、人がなぜ学ぼうとするのかを、自分自身の経験から考えてみるといいと思います。人は新しいことを知ることに興味をもつことができます。自分でできるようになることは、嬉しいことです。知り得たことを活用したり、できたことをほめられたりすることも嬉しいことです。そういう経験を通して、「自分もまんざらではないな」とか、「人の役に立ててよかったな」という気持ちが育つのです。自己有用感とか、自己肯定感などと表現される気持ちです。
「新しいことを知るのは楽しい」、「自分もやってみようという気持ちになる」、「練習をして上手くなりたいと思う」、「練習を続ける」、「できるようになる」、「認められる、ほめられる」、「次はもっとできるようになりたいと思う」、「今度はこんなことをやりたい」・・・
このようなスパイラルに子どもたちを巻き込むことができれば、授業をやるほうも、受ける方も、とても楽になります。授業の理想は、このスパイラルを作っていくことです。
しかし一方で、「先生の話は面白くない」、「そんな話は塾で聞いて知っている」、「やる気になれない」、「練習をしたいと思わない」、「叱られる」という負のスパイラルに陥ってしまうと、立て直すのに何倍ものエネルギーを必要とします。教師一人の力では立て直しきれない状況を生むことさえあります。
モチベーションを高める一番の方法は、必然性のある場面を設定することです。それから、達成感を味わわせることです。これらの具体的な方法について、次回は考えてみたいと思います。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)
特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com
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