今は亡き母は、実家に戻ると座敷に正座をして、両親に深々と挨拶をしました。私は、子ども心に、親に対して他人行儀なことをするなと思っていました。でも、正座をして手をついて頭を下げるという挨拶の仕方は、この機会を通して知ったのだと思います。テレビドラマなどで見ていたとしても、実際にこうやって挨拶をするものだと知るのは、とてもいい経験でした。
しかし、自分自身は実家に帰っても、気恥ずかしくてきちんと挨拶もできず、「帰ったよ」と声をかけるのが精一杯でした。そんな様子は、我が子の手本にはならなかったと反省です。
さて、今の時代には、こういったかかわり方の作法を社会の中で身に付けることが難しくなってきています。私も母の作法を子どもに伝えられなかったように、親から子どもへとかかわり方を伝えられずにいるのです。また、社会の中でも、手本になる場面が少なくなっていると感じます。
人と人とのかかわり方の技術やコツを、ソーシャルスキルと呼びます。私は、この学びの場.comで授業をさせていただいたことをきっかけにして、ソーシャルスキル教育について勉強を重ねてきました。最近になって、都立青山特別支援学校の川上康則先生が、「作戦ゴリラ」という言葉を使って、人とのかかわり方のコツを伝えていらっしゃるという話を耳にしました。
今回は、授業を支える人間関係作りのために、とてもいい方法だと思われる「作戦ゴリラ」をご紹介します。
さて、「作戦ゴリラ」の「ゴ」は、「ごめんね」の「ゴ」です。人に対して不愉快な思いをさせたと思ったら、まずは謝る。大人であっても、謝罪の言葉がなかなか出ない人がいますが、「ごめんね」と謝れば、大きなトラブルに発展することを避けることができます。
「リ」は、理由の「リ」です。謝ったあとで、どうしてこのようなことになったのかを説明する必要があるのです。私は学生のころ、「『でも』とか『だって』とか、言い訳をしてはいけない」と教わりました。ですから、ひたすら謝ったあとは、相手の気持ちが落ち着くまで黙っていればいいと信じていた時期があります。「理由を説明してもいいのだ」ということを知ったのは、年を重ねてからでした。とても残念なことです。
「ラ」は、「ラッキーな提案」の「ラ」です。謝り、説明をしたあとで、「ラッキーな提案」をするのです。例えば、「掃除をさぼってしまってごめんね。実は委員会の話で時間がかかってしまったんだよ。掃除が終わってしまったから、ゴミ箱の中身を捨てに行くね。」ゴミ箱の中身を捨てに行くというのが、ラッキーな提案となるのです。ラッキーなのは自分ではなくて、相手であることがポイントです。相手の立場になって考えないと、相手にとってラッキーな提案はできないからです。
こんなことを書きながら思い浮かぶのは、帰りが遅くなった父が、時々私たちにお土産を買ってきたことです。酔っぱらうと妙に明るくなり、子どもにも絡む姿は好きではなかったけれども、お土産は好きでした。ラッキーな提案があると、人との関係はよくなるのだなという例かもしれません。
川上先生は、作戦ゴリラの中で最も大切なのが、ラッキーな提案だとおっしゃっています。この作戦は、どんなときにも使えるなと思います。
私は、担任している6年生にも、この作戦を教え、生活の中で活かすように指導しています。あるとき、課題が終わったら別の仕事を手伝ってほしいという話を、子どもたちにしたことがありました。すると、何人かは手伝うことなく、自分の席でおしゃべりを楽しんでいました。私は少し腹が立ったので、「ラッキーな提案をしてほしい」と伝えました。すると、「おしゃべりをやめて、自主勉強をします」という言葉が返ってきました。「ラッキーな提案」の意図をきちんと教えないと、相手の怒りを増幅させてしまうものだと実感しました。
もうひとつの例です。委員会活動の話し合いの中で、きちんと活動をしていない人がいるので困るという話題がでました。ついうっかり忘れていたということもあるでしょうし、休み時間まで授業が延びてしまってできなかったということもあるでしょう。それで、こんな場面でも「作戦ゴリラ」を使うように話をしました。
「普段から活動をしていないと、時にはラッキーな提案をする必要が出てきます。相手がラッキーだと思うようにするためには、1日で済む活動を、2日間も行う必要が出てくるかもしれません。作戦ゴリラを使う前に、日々の活動を忘れないことの方が大切ですね」高学年の子どもを相手にしているので、ちょっと難しいと思う話も付け足しました。
話し合いが終わると、何人かの子どもたちが、「作戦ゴリラをしてから帰ろう」と声をかけあっているのが聞こえてきました。そして担当の先生に話をしていました。私は、この作戦を低学年のうちから教えていたなら、きっと人とのかかわりが、もっと上手になっただろうと思いました。
先日、地域の方と話をする機会があり、大人であっても「作戦ゴリラ」は有効ではないかと、話が盛り上がりました。「若手に対して、ホウレンソウ(報告・連絡・相談の意味)が大事だと叱るより、作戦ゴリラをさせた方が、お互いにうまくいくかもしれませんね」、確かにそうかもしれないと思いました。
「作戦」という表現に抵抗を感じる方もいらっしゃると思いますが、語呂合わせやリズム感がいいので、私は気に入っています。ぜひ、ソーシャルスキルを上達させようとお考えなら、まずは大人から「作戦ゴリラ」を実践されてはいかがでしょうか。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)
特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com
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