2015.06.18
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よりよい授業を創るためにNO.8 「心から心への授業を!」

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 「頭から頭へと教えてはダメなのよね」

 
 そんな私の言葉に、知人が驚いたような顏をしました。その方は、お子さんに対していつも厳しく、宿題のプリントを5分で仕上げたと伝えてくると、「次は4分でやりなさい」と応えるような人です。だから、私の言っていることは、まるでわからないという反応でした。そこで、私が伝えたいことを説明することにしました。知人は、熱心に私の話に耳を傾けてくれました。
 
 
 「頭から頭へ」というのは、いわゆる「知識の伝達」ということです。例えば、円の面積を求める公式を教え込んで問題を解かせるだけの授業は、好ましいとはいえません。そういうやり方は、過去の研究者の頭で考えたことを、ただ覚え込ませようとするものでしかないからです。
 
 もちろん、私が受験勉強をしたころは、「鳴くよ鶯、平安京」のような語呂合わせで、丸暗記したものです。それが役に立っていないわけではありませんが、一夜漬けした内容のほとんどを忘れてしまっていることを考えれば、知識を覚えるだけでは、あまり役に立たないような気がしてきます。
 
 でも、円の面積をどのようにして求めるべきかを考えさせ、実際に円を方眼用紙にかいて、そのマス目の数を数えてみるような学習はどうでしょうか。およその面積を求めるときには、マス目を数える方法があることを知れば、将来役に立つこともあるでしょう。あるいは、円をピザパイのように切り分けてできる細長い扇形を、上下交互に組み合わせると長方形に近づくという考え方から公式を導きだすことを教えると、そこに子どもなりの感動が生まれます。知っていることを活用すれば、問題を解決する糸口が見つかるという経験を積み重ねることは、生きていく上でとても大切なのです。
 
 このような授業の仕方は、今は一般的なものになっており、教科書の内容もとても工夫されています。ですから、教科書に描かれているような内容を上手に活用していけば、知識の伝達に終わることはないのです。しかし、教科書通りに教えればよいかというと、そうでもありません。あるとき、子どもがこんなことを口にしました。
 
 「次は算数の授業なんだよね、やだなあ」
 
 私はとても驚きました。というのは、その子は算数が得意だったので、算数の授業を嫌う理由はないと思っていたからです。すると、こんな理由を話してくれました。
 「○○先生は、教科書通りに授業をするんだよね。だったら、教科書を見ればわかるでしょ?」
 
 話が多少それますが、こういうことが現場の課題になっていることは否めません。算数の授業は習熟度別で行われているものの、苦手とする子どもたちに教科書の内容を丸ごとぶつけるのは、いいやり方ではないのです。もっと噛み砕くとか、興味や関心をもたせられるような技を使わなければならないからです。
 
 一方、算数を得意としている子どもたちや、学習塾で予習ができている子どもたちにとって、教科書をそのまま教えるのでは物足りなくなります。教科書はとても優れていますし、発展的な内容も多くのページを使って掲載してくれていますが、それを使いこなす教師の力量が問われるのです。
 
 
 では、どのような授業が、心から心への伝達になるのでしょうか。もちろん、この表現は、知識の伝達の対極として使っているので、「五感を使った授業」ということもできると思います。その例をお伝えしましょう。
 
 少し前に、私は6年生の線対称の授業で、算数を苦手とする子どもたちとかかわりました。最初の授業の日、子どもたちに画用紙とクレヨンを渡して、その中央に黄色い線を1センチメートルの幅で描かせました。そして、それを鏡のように見立てて、シンメトリーな図形を描かせたのです。その黄色の線は、対象の軸になります。これは、シュタイナー教育のフォルメンの授業からヒントを得たものです。ですから、具体的なものを描かせたのではなく、デザインのような図形を描かせました。
 
 彼らは、クレヨンを使って絵を描く授業をとても楽しんでくれました。もちろん、次の時間からは教科書の内容も教えていったのですが、授業の終わりの5分間くらいは、毎日のように絵を描いて過ごしました。算数が好きになったとか、私の教室に来るのが楽しみだという声が聞かれました。
 
 そのうちに、図工の教師から、もっとおもしろい報告を聞くことになりました。私のところに算数を学びにやってきていた子どもたちが、図工の授業でも、とてもいい表現をするようになったというのです。算数で表現することを学び、それを友達から認めてもらった経験が功を奏し、表現することそのものにも自信がついたのではないかと、その教師は分析してくれました。とても嬉しい話でした。
 
 五感を使った授業というのは、教師の工夫次第でどの教科でもやれることです。教科の特色、単元の特徴を生かせば、子どもたちに働きかけられるものは、とてつもなく大きくなっていきます。
 
 
 ところで、この授業にはさらにふたつの後日談がありました。ひとつは、単元のまとめの授業になると、全員が集中して練習問題に取り組むことができたのです。これまでいくら言って聞かせても、なかなか集中できずにいた子どもたちも、熱中して問題に向かっている姿を目にすることができました。私はとても驚きました。
 
 ふたつめは、その直後に行われた保護者との個人面談でのことです。「子どもが算数を好きになったようで嬉しい」という感想をもらったと、担任が知らせてくれました。
 
 いい授業をしようと努力をし、その結果が見えることは、教師冥利に尽きます。またがんばっていこうという気持ちになっています。
 
 
 今回は、イレギュラーのような形で体験談をお伝えしました。私事ですが、この一連の授業のサポートに入って、私の授業のやり方を応援してくれたK先生に感謝申し上げます。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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