前回は、授業を始めるにあたって、子どもたちの集団としての力を見極める必要があるというお話をしました。なぜなら教師は、子どもたちがもっている力の一段階上をめざして教育していくことが大切だからです。一段上がれば、また一段上をめざすように仕向けていきます。その段差は、目に見えないくらい小さなものかもしれませんし、敢えて大ジャッンプをねらわせていくこともあるでしょう。ですから、いつも今の力を把握していくことを大事にしなければなりません。
「這えば立て 立てば歩めの親心」という諺(ことわざ)がありますが、そのような気持ちで子どもたちを育てるのは、親だけではないのです。教師もまた、子どもたちを大きく育てようと熱意をもたなければなりません。
では、子どもたちの力を把握して、その上をめざして授業をしていけばそれで十分かというと、そう簡単にはいきません。もちろん、淡々と教科書の内容を教えていくというやり方もあるでしょう。しかし、子どもたちに大きな力をつけさせていこうと考えるのであれば、「淡々と」というやり方だけでは、足りない要素があると思うのです。受け身ではなく、主体的に学ばせていくということを忘れてはならないからです。
私は、子どもたちが自ら学ぼうとする姿勢を育てるためのひとつの手立てとして、授業の中で「子どもたちの願いを聞き入れる」というスペースをもつべきだと考えています。願いというのは、勝手気ままな思いという意味ではありません。子どもたちがどのように学習をしたいと考えているのかについての願いを聞き入れていくのです。
例として、3年生の算数で、重さの学習をしていたときのことを挙げてみましょう。教科書にも載っている活動のひとつに、1kgの重さを予想して教科書やノートなどを組み合わせ、実際に測ってみるというものがあります。私はクラスをグループに分けて、どのグループが1kgにより近い重さを想定できるかを競わせました。もちろん、そういう活動の際には、教室は熱気に包まれます。そして、「先生、次は2kgで競争させて」という願いを伝えてきます。私は、「次の授業のときに集中して勉強し、課題が早く終わったら、そういう時間がとれるかもしれないね」と答えます。子どもたちの願いを聞き入れはするけれど、「集中して勉強してほしい」という教師の願いも伝えるのです。
また、次のような例もあります。以前、このコーナーでもお伝えしたのですが、子どもたちの願いを聞き入れて授業をした忘れられない思い出があるのでご紹介しましょう。6年生の授業で名言の学習をしていたときに、友達に名言をプレゼントしようという取り組みを行いました。名言プレゼントをする場面をどのように設定するかという話になったとき、子どもたちから「徹子の部屋」のような雰囲気の中でやりたいという声が上がりました。そして、黒柳徹子さんの髪型のカツラを、私の知らない間に紙工作で用意していました。もちろん、私はその願いをかなえてやることにしました。カツラをかぶった司会者は、徹子さんの口調を上手に真似たので、大笑いになりました。とても楽しい心に残る交換会になりました。
こういう場面は、授業の中にはたくさん存在します。子どもたちは、こんなことをしてみたい、こんな風に進めてみたいという願いをもっています。それを言い出せる雰囲気にしているかどうか、願いをかなえてくれる教師であることを伝えられるかどうかは、教師自身の力量にかかってくると思います。
願いを聞き入れる一方で、教師の願いを伝えるというやり方は、条件を出して子どもたちを操作しているように映るかもしれません。確かにそういった効果を期待している部分もあるのです。しかし、子どもたちが自分から意欲的に学習する姿勢を作っていくという側面にこそ、価値を見いだすべきです。そして、勉強することは楽しいのだと感じさせていくことが大切なのだと思います。
ところで、私たち教師が子どもたちに伝えていくべき願いには、楽しく学んでほしいということの他に、どのようなものがあるでしょうか。書き出すと、実際にはとてもたくさんの項目が出てくると思います。「休み時間には、外で遊んでほしい」「友達と仲良くしてほしい」「給食を好き嫌いなく食べてほしい」「掃除などは、自分から積極的にやってほしい」など、大人が子どもに願っている思いは、子どもを押しつぶしかねないと考えさせるほど、たくさんのことなのです。みなさんも、ぜひ書き出してみてください。
しかし、このような願いを子どもたちに一方的に押しつけることがあるとすれば、子どもたちは本当に押しつぶされてしまいます。大人だから要求しても許されるという考え方は、人間関係を築いていく上では通用しません。互いに願いを聞き入れ合うという関係の方がいいのではないかと、私は考えるのです。教師が願いを聞き入れるという姿勢を見せることは、この大人には何でも伝えられるという信頼関係を築くことにもつながってくると思います。
さて、私が授業中に子どもたちに願う最も大切なことは、「話を聞く」ことです。耳からの情報というのは、とてつもなく大きなものです。聞くことが苦手であろうとも、聞こうとする姿勢を育み、聞く力を伸ばそうとすることが、とても大事だと思っています。
次回は、「話を聞く」ことの大切さや、「話を聞かせる」ために必要なことなどをお伝えしていこうと思います。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)
特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com
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