2014.12.08
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教育現場からのリポートNO.15 「1000ピースパズルを教育に生かす」

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 前回、教室環境を見直そうということで、子どもたちの視界に入るものや空間の使い方についてお話ししました。その中で、教室の広さに余裕があったときに、子どもたちの机を4つ並べてサロンのようなコーナーを作り、そこで子どもたちに勉強をさせたり、話し合いをさせたりした経験があるということを紹介させていただきました。

 このところ、教室の作りが見直され、オープンスペースを確保したものや、自然の素材を生かしたものなどを見かけることがあります。しかし、実際には廊下に面した長さが9メートル、廊下から窓側に向かった面の長さが7メートルを教室のサイズの基準としているため、多くの学校の40人近くの子どもたちがいるクラスであれば、そのようなスペースを確保できないのが実情です。とても残念なことだと思います。

 しかし、なぜ私がこのようなやりかたをご紹介したのかを知っていただければ、例えばカウンセリングルームなどでも活用できると思いますので、今回は広い机の活用法についてお話しさせていただくことにします。

 

 私は、今から10年ほど前に、不登校の児童のための学校に勤務した経験をもちます。そのときには、教室の広さのわりに子どもの数が少なかったため、教室の後方には机を6つほど並べて、大テーブルのように作った場所がありました。担任した子どもたちは十数名、それぞれに不登校歴が異なっていました。

 幼稚園のころから登園しぶりを始めてしまって、学校にはほとんど登校できなかったという子どももいれば、つい最近までは登校できていたという子どももいました。それから、一人一人が抱える困難さも多様なものでした。その子どもたちのために用意した大テーブルが、大活躍したのです。ユニバーサルデザインとも言ってもよい実践であったと思います。

 その大テーブルには、たいてい1000ピースのジグソーパズルが置いてありました。私や学習支援員は、そこに座って子どもたちの登校を待ちました。そして、一人、二人と登校してくる子どもたちも、気が向けばそのパズルをやりました。特に強制があるわけではなかったので、気が向けばやるし、やらなくてもいいという感じの雰囲気をもっていました。そして、パズルをやりながら、日常的な話をしていました。

 例えば江戸時代の長屋のような生活であれば、井戸端に女性が集まって、洗濯をしながら話をするのが常であったと思います。この大テーブルは、井戸端のような役割を担っていたのだと思い出されます。コーヒーやケーキを用意して、「さあ話しましょう」という場を作ることも大事ですが、作業をしながら他愛ない話をするという場を、昔の人たちは生活の中にもっていたのだと思います。それは意外と大切な時間だったのかも知れません。

 さて、1000ピースのパズルは、子どもたち全員が登校してくるまでの10分間くらいに行われるものであったので、完成までには2週間から1ヵ月くらいかかりました。パズルをやる楽しみを共有することが目的であっても、早く完成させることを求めていたわけではありません。むしろ、視線を合わせる必要のない場であったことが重要だったのです。

 

 子どもたちの抱える困難さには様々ものがあることを、これまでにもお話ししてきました。中でも、自閉的な傾向のある子どもたちは、目を見つめ合って話をすることは苦痛であるのかもしれないと感じます。ですから、パズルを見つめながら話をするのは、そういった傾向の子どもたちにも、安心して話せる場を提供できたのだと思います。

 実際に、その学校を離れて数年経ったころ、自閉的な傾向の強い子どもと勉強をする機会がありました。教室で勉強をすることがとても難しかったため、ときどき私が個別に勉強を教えたことがあったのです。そのときにも、1000ピースのパズルは大活躍しました。というのは、その子どもがパズルをやりながらであれば、自分の気持ちを話してくれるようになったからです。さらに、同じクラスの友達も仲間に入れたところ、友達との会話も楽しいものになってきました。パズルが、子どもたちの関係を築く橋渡しになってくれたのです。

 

 前回の話で触れたように、視界から強烈な刺激を受けてしまい、それが原因で集中を欠くような子どもたちもいますし、一方で自分を覗き込まれるような視線が苦手である子どもたちもいます。それぞれの子どもたちに個別的な対応をすることを、真っ先に考えなければならないことは言うまでもありません。しかし、それが特別扱いになっていると他の子どもたちに受け取られることは、いいことではないのです。ですから、多くの子どもたちを巻き込んで、教育的成果を上げることができる実践が求められています。

 残念なことに、学校でパズルをやるということは、一般的な方法ではないかもしれません。しかし、そういった場を設けることにも意味があるということを知っておいていただければと思います。そして、別の方法であっても、視線を合わせにくい子どもたちの力になれるような、学習環境を整えていってほしいと願っています。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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