これまで、困難さを抱える子どもたちをどのように捉え、対応していくといいのかについて、自分なりの考えを書いてきました。今後は、実際に学校では、どのような教育を行っていくべきなのかについて、話を進めていこうと思います。
さて、通常学級と呼ばれるクラスの多くにも、困難さを抱えた子どもたちが6%程度在学しているという結果が文部科学省から出されたことは、以前にもお伝えした通りです。この結果を基に考えると、クラスの中の数人の子どもたちが、困難さを抱えているとみることができます。もちろん、これは平均的な数値ですから、偏りがあることをご理解ください。
とはいえ、30~40人の子どもたちを1人の教師が担任している現状にあって、すべての子どもたちに楽しい学校だと思ってもらえるような教育を毎日、毎時間行っていくのは、並大抵のことではありません。
若いころ、保護者の方が学校に対して無謀とも思える要望を出してくるという話を耳にしたことがあります。「自分の方が、教師よりも上手に授業ができるはずだ」といった内容の苦情であったと聞きました。モンスターペアレントといった言葉が生まれる、ずっと以前のことです。もちろん、教師の指導力に対して十分に満足できない方も、中にはいらっしゃるでしょう。しかし、実際に教壇に立ってみると、多くの子どもたちを前にして、いつも思ったような対応ができるとは限らないのです。満足のいく授業を行っていくためには、経験を積み重ねていく必要があるのです。
だからと言って、教師の未熟さを言い訳にすることがあってはなりません。子どもたちにとって、小学校生活の一日一日はかけがえのないものです。ですから、その経験の少なさを補っていくことができるように、考えていかなければならないのです。
では、子どもたちや保護者の要望に応え、より質の高い教育を提供していくためには、どのようにしていったらいいのでしょうか。
教育の話からは逸れますが、私の個人的な例を上げて、考えてみたいと思います。
私は半年間ほど寝たきりであった母の介護をしました。家の中には段差があって、車いすを使って移動させるのにも一苦労でした。特に、デイサービスに連れ出すときには、玄関の階段が大きな障害となりました。比較的体重の重い母を車いすに乗せて、その段差を乗り越える度に疲れきっていたことを、今でも思い出します。そのときに、段差を解消するような工事をしてくれたり、サービスの提供をしてくれる人を派遣してくれたりといった支援を受けることができ、私はとても助かりました。
このような、段差を解消するような工事は、バリアフリーと呼ばれます。バリアフリー(Barrier free)とは、障害のある方や高齢者の方が、生活の支障となる障害や、精神的な障壁を取り除くために行われる施策を示す言葉です。
介護に未熟な私であっても、段差がなければ介護しやすいという例は、学校教育においても活用できる考え方です。ただし、今はバリアフリーではなく、ユニバーサルデザインという考え方が一般的です。
ユニバーサルデザイン(Universal Design、UD)とは、文化・言語・国籍の違い、老若男女といった差異、障害・能力の如何を問わずに利用することができる施設・製品・情報の設計(デザイン)を言います。障害のある人が使うために改良をするという考え方ではなく、最初から誰にでも使いやすい設計を行うという点で、バリアフリーとは異なる考え方をもちます。同じ設計として表現されていることがあったとしても、アプローチの仕方が違うのです。
さて、この考え方を、教育の現場にも生かそうという研究が進められています。次回以降、どのような手法が可能であるのかについて、詳しくお伝えしていく予定です。
では、物的な環境面で工夫が行われれば、学校教育の質が上がっていくかというと、決してそうではありません。ユニバーサルデザインの教育について考える前に、教育において最も大切なことを確認しておきたいと思います。
それは、教師が愛情をもって教育を行うことにほかなりません。愛情をもつということは、子どもたちをよく観察して心や身体の様子を理解し、耳を傾けて話を聴き、互いの信頼関係を築いていくことを意味します。
今期、教壇に立ったばかりの若手は、教材の準備に余念がありません。でも、子どもたちはなかなか話を聞いてくれないと、ぼやいていることがあります。その若手に、「話を聞いてほしいなら、子どもたちと信頼関係を作らないと無理でしょ? この人の話を聞くと楽しいとか、いいことがあるということをわからせていかなければ、授業中に話を聞いてくれることは期待できませんよ。」という話をしました。ところが、「週に二時間しかない授業で、信頼関係を作るのは難しいのです。それに、授業では聞いてもらわないと困ることもたくさんあるのです」と言い返されてしまいました。
確かに、信頼関係を築くには時間がかかるかもしれません。最初のうちは成果が見られず、焦ることもあるでしょう。しかし、信頼関係を築こうと努力してきた成果は、半年後、一年後にはっきりしたものとなります。
もうひとつ、別の例から考えてみましょう。
先日、勤務校では運動会が行われました。私は採点係で、閉会式で子どもたちに得点の結果を発表させるという役割を担っていました。例年本校では、赤組何点、白組何点という発表の仕方を行ってきたのですが、それでは盛り上がらないだろうと子どもたちに話をし、変更する方がいいとアドバイスをしました。ところが、担当になった子どもたちは、そんな恥ずかしいことはできないから、例年通りにさせてほしいと言い張るのです。
その子どもたちとは、これまでに10時間程度、授業で出会っただけです。ですから、私の提案を理解してくれているようでも、なかなか変更には応じてくれそうにありません。それで、閉会式までの間、何度も話し合いを行いました。結果的には、私の願いを聞き入れてくれ、それに加えて子どもたちのアイデアを生かした素晴らしい発表ができました。全校生がとても興奮しました。というのも、まれに見る同点同時優勝の演出に、成功したからです。
教師が、常に時間とエネルギーの余裕があるとは言い切れませんし、特に思春期を迎えた子どもたちと折り合いをつけていくのは難しいものです。でも、まずは教師から子どもたちに寄り添い、理解し合おうとすること。それが教育におけるユニバーサルデザイン教育の、第一歩であると思います。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)
特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com
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