2014.09.22
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教育現場からのリポートNO.11 「子どもたちの学習のプロセス」

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 発達障害などの子どもの困難さを察知するためのアセスメントのひとつとして、前回は心理テストについてご紹介しました。さらに詳しい情報を必要とされる方は、専門書などを参考になさってください。

 

 さて、私たち教師がなぜ、子どもたちに心理テストをはじめとしたアセスメントをとろうと思っているのかについては、既に何度もお伝えしている通りです。ですがもう一度、その中で最も大切だと思うことを繰り返させていただきます。困難さに関する訴えが保護者や本人から寄せられている場合、テストの結果からその要因となるものを分析して、それを指導法に生かし、困難さを解消することにつなげていかなければならないということです。成果を上げられなければ、テストをした意味がなくなってしまうからです。そのためにも、アセスメントをとる立場の人間が研鑽を深め、思いやりをもって対応していくことが何より大切であることを、再度強調しておきたいと思います。

 

 ところで、こういった心理テストは、子どもたちの学習における支援のために必要なのであって、例えば食事の仕方といった生活そのものの支援を目的としたものではありません。ですから、その結果を生かすためには、子どもたちがどのようなプロセスを通して学習しているのかを知っておく必要があります。そして、そのプロセスの中のどこにつまずきが見られるのかについて、分析していかなければなりません。もちろん、分析そのものは専門家にお任せすべきところですが、その分析を理解する手助けとしていただけるよう、今回は学習のプロセスについてお伝えしていこうと思います。

 

 例えば、子どもたちに、「りんごの中には、皮が緑色の種類もある」ということを学ばせようとする場合を考えてみましょう。

 

「りんごは何色だと思いますか? そうですね、お店などでよくみかけるのは赤ですよね。でも、中には緑色のりんごもあります。知っていますか?」

 

 こういった話を教師がするときに、子どもたちの頭の中では、どのようなことが起きているのでしょうか。まず、「りんご」という言葉を聞いて、りんごを思い浮かべなければなりません。それがはっきりした映像で浮かび上がらせられる子どももいれば、「りんごはくだものだったかな」というように、おおざっぱなイメージをもつ子どももいるでしょう。

 

 このとき、子どもたちは「りんご」という情報を受け取り、記憶をさぐって映像として映し出したり、りんごに関連するイメージを思い出したりしています。つまるところ、学習の第一歩は、子どもたちが「情報を受け取る」ことなのです。例えば、耳が不自由であれば、教師が音声を通して伝えようとしている「りんご」という言葉は聞こえないかもしれません。注意が散漫で聞こうとしていない場合にも、情報を取り入れることが困難となります。聞き逃してしまうからです。さらに、中には、音声の言葉だけでは、情報を素早く受け取ることが困難な子どもたちもいます。ですから、「りんごと聞いたなら、りんごを思い浮かべるのは当たり前だろう」と決めつけてしまうことを、立ち止まって考え直さねばなりません。そして、情報を取り入れることに、困難さが隠れている場合もあるのだといということに、気を配ってほしいのです。

 

 次に、情報を受け取ったあとは、記憶の中からりんごに関する情報を取り出してこなければなりません。「りんごは何色か」という質問に答えるために、情報と記憶を照らし合わせる必要があるのです。

 

 ところが、ここにも高いハードルが隠れている場合があります。自分の話になり恐縮ですが、このところ加齢のせいか、固有名詞が思い出せないことが増えました。わかっているつもりの言葉が出てこないのです。こういった現象は、年齢と共に表れると思いがちですが、中には思い出すことに困難さを抱えている子どもがいるのです。もしかしたら、記憶を溜め込んでおくことが困難なのかもしれません。

 

 では、情報を受け取り、記憶から情報を取り出すことができたということを前提として、次のプロセスへと話を進めてみましょう。私たちは頭の中のテーブルの上に、今聞いたばかりの「りんご」という言葉と、記憶から取り出してきた「りんごのイメージ」を並べて、「りんごは何色か」という問いの答えを求めなければなりません。「りんご」という言葉を保持しながら記憶をたぐり寄せて解答を求めるときに、ワーキングメモリーがかかわってきます。ワーキングメモリーとは、記憶を保持しながら処理する能力なのですが、これはまさに思考の際に使うべき力であると言うことができます。このワーキングメモリーが十分でないと、「りんごは赤い」という回答を導き出すことが難しくなってしまうのです。

 

 さらに厄介なのは、学校では授業規律があるということです。「りんごは赤い」ということを思い浮かべられたとしても、親子で会話しているときのように、出し抜けに「赤い」と答えることはできません。学校では、「手を挙げて答える」という学習のルールを守らなければならないのです。これは、学習をする上での「暗黙の了解」と言われるものです。これについての詳しい説明は避けますが、私たちはたくさんの「暗黙の了解」の中で暮らしています。例えば、電車に乗るときには、降りる人を待って乗り込むといったことも、いちいち確認することのないルールと言えます。

 

 ところが、このルールを守れない子どもたちも存在します。これは、困難さを抱える子どもたちに特徴的なものです。私は、6年生であっても手を挙げることができずに、出し抜けに答えてしまう子どもたちをたくさん見てきました。これは、わざとやっていることではなく、暗黙の了解を理解するのが困難なためです。低学年のうちに、きちんとした対応をしてくるべきだったのではないかと考えさせられることが、度々あります。

 

 さて、「りんごには緑色のものもある」という情報を教師から受け取った子どもたちは、次にどのようなことを考えるでしょう。「緑色のりんごもあるのか。今度スーパーに行ったときに見てこよう」と思う子どももいるでしょうし、「インターネットで調べよう」「うちの人に聞いてみよう」「図書館で図鑑を見たい」と思う場合もあるでしょう。学習というのは、自分たちで考えたことを解決していくために行動すること、そしてその経験を次に生かすことまでを含んでいます。私たちは、緑色のりんごがあることを教え込むのではなく、学びを次の学習につなげていこうとする子どもたちを育てていかなければならないからです。その過程においても、困難さがないかどうか、子どもを注意深く観察する必要があります。

 

 このように、子どもたちが学習する中で、どのようなプロセスをとるかについてよく知り、そのどこにつまずきが隠れているかを見極めることができれば、教師は子どもたちに対して、より多くの適切な支援をすることができるようになります。アセスメントを取ることが必要だと思う背景には、そのつまずきを見つけやすくなるというメリットがあるからです。

 

 もし、身近なお子さんのことでご心配なことがありましたら、ぜひお近くの専門機関にご相談なさってください。早期に対応することが、子どもたちにとって何より大切なことだからです。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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