2014.09.14
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未来が見えるように‥

群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭 大谷 雅昭

日和山公園 復興支援販売所 サクランボ花壇

 東日本大震災から3年半が立ちました。
 その間、地球温暖化の影響と考えられる巨大台風や豪雨・竜巻、それらに伴う土砂災害等、想定外の自然災害が発生しています。その影響もあってか、東日本大震災関連の報道が少しずつ減っているように思います。被災地の復興は進んでいるのでしょうか。本当のことを知るために、昨年に続き、8月に東北の太平洋側の地域を訪れることにしました。

 今回の目的は2つありました。一つは、前記の復興の進展を見ることです。もう一つは、被災地の復興支援を具体的に手伝うということでした。

 まず、一つ目ですが、今年も仙台市から陸前高田市までの三陸沿岸を、国道45号線で北上しながら確認していきました。
 まず感じたことは、ダンプカーの通行量が増えたということです。と言うことは、復興はかなり進んでいると言えるのでしょうか。しかし、答えはN0です。3年半が立ちますが、まだまだ基礎づくり、基盤整備の段階なのです。大量のがれきの取り除きは、多くの場所で終わっているように見えました。しかし、そのままでは宅地にも農地にもならない土地が残っています。土の入れ替えや整備が必要なのです。また、高台移転のために山が切り開かれ、大規模な宅地造成が進められていました。そして、その土砂を埋め立てや建設材料として使っている様子も見られました。
 こうした作業を必要とする範囲と規模が、想像できないぐらい広いのです。ですから、日本各地のナンバーを付けたダンプカーを持ってきても、なかなか進まないのです。
 特に、女川町や南三陸町の復興はまだまだだと感じました。
 一方、陸前高田市の「奇跡の一本松」周辺の大規模土地区画整備事業には驚かされました。高台住宅地となる山を掘削してかさ上げ地区の盛土材とするために、全長3kmの巨大ベルトコンベアで土砂を運ぶ風景は異次元の世界のようでした。一日でも早い復興がなることを、高田松原津波復興記念公園でお祈りしました。

 さて、二つ目の被災地の復興支援ですが、広範囲の被災地のどこで何ができるのか調べました。その中で選んだのが、仙台市南部の名取市閖上(ゆりあげ)地区です。ここには、名取の復興に役立ちたいと考えた有志が立ち上げた「一般社団法人 名取復興支援協会」がありました。設立した川崎正男さんは、震災前、閖上地区のサイクルスポーツセンターで、宿泊施設や自転車貸出、プール管理運営をしていましたが、津波で職を失った方です。川崎さんが同協会を立ち上げたきっかけは、閖上に住んでいた方々が閖上に来たくない、見たくないとの話を聞き、資金も何もない中で少しでも皆に笑顔が戻るようにできることをしたいと考えたことでした。そして、震災の象徴でもある日和山周辺から整美を行うことにしたのだそうです。
 閖上地区に行くことにしたもう一つの理由は、川崎さんの次の言葉に共鳴・感動したからです。

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 「10の言葉より一の行動を!」そんな願いで2年半駆け巡ってきました。生きていれば笑顔が出ます。生かされていれば、試練を与えられながらきっといつかは幸せが来ると信じて、夢見ることができます。過酷な人生を背負いながら悲しみを乗り越えて、歩み続けなければならない不公平な念を抱いて、口には出せない東北人の気質を丸出しに、時の流れに身を任せて日夜過ごしております。
 人の運命は様々で、考えたらきりがありません。片方では楽しいひとときを何不自由なく過ごす人もいれば、もう一方では明日の米さえなく、つらい悲しみを背負いながら、ずっと耐えて我慢しながら、大地震からの復興を願って、コツコツと毎日の作業に取り組んでいる人もいれば、または、そんなの関係なく日々の目先の生活に振り回されながらも、その生活を楽しんでいる人も。みんなそれぞれの生きる人生を一生懸命に闘っていることと思います。
 それはそれでいいと思います。人さまざまな考え、行動があります。十人十色と言われるように様々です。最近はつくづく感じます。私たちは民間団体で、同じ志を持った「ゆりあげ」をよくしたい、何とかしたい仲間同士の集合体です。それぞれの思いと「10の言葉より一の行動を!」を合言葉に活動している団体です。そのため、自分たちのやっていることを美化するつもりは毛頭ありませんし、陰ながら閖上の方々の思いを形に少しでもしていきたいと願っております。
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 「日和山」は、名取市閖上5丁目にある標高6.3メートルの小山(写真 左)ですが、東日本大震災の大津波は山頂を大きく越えました。震災の後、日和山を含む日和山公園は復興のシンボルとなり、鎮魂の場として県外など他の地域からたくさんの人が訪れるようになりました。その日和山のふもとに、復興支援を目的とした「東北復興支援販売所」兼「名取復興支援協会の受付事務所」(2013年6月22日オープン)があります(写真 中)。

 ボランティア活動のために同所に行くと、川崎さんの奥さんの幸子さんが出迎えてくれました。早速、受付を済ませて、ボランティアの方の指示でがれき等の処理を始めました。住宅の基礎もなくなり、区画を示すコンクリート枠のみが残った一区画が割り当てられました。見た目は更地に草が生えているだけです。鋤で掘り返してみると、小石やガラスの他に、何だか分からない物があり、そのすぐ下には握り拳以上の大きな石がたくさんありました。これらが、がれきだったのです。閖上の土地利用計画が決まるまで、がれきと雑草だらけでは忍びないので、ボランティアによるがれき処理が済んだ所から、花や野菜を植えて育てたいということでした。
 暑い中、午前中3時間の作業をしました。午後は花壇作りと花の植え替え(写真 右)をしました。合計6時間ほどの作業でしたが、全体から見れば本当にわずかでしかありません。
 しかし、被災した方や現地ボランティアの方々とのふれ合いは、人として忘れてはならないものを感じることができました。もう一度、川崎正男さんの話を紹介します。

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 震災の象徴でもある日和山周辺から整美を行おう。無理せずできるところからやろう。
その活動から未来の閖上、名取が見えてくるような活動がしたいものです。
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 私も教師として人として、無理をせずできることをやり、子どもたちに未来が見える教育をしていきたいと強く思いました。
 来年も閖上をはじめ三陸沿岸を訪れ、できることをしたいと考えています。

大谷 雅昭(おおたに まさあき)

群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭
子どもと子どもたち、つまり個と集団を相乗効果で育てる独自の「まるごと教育」を進化させると共に、「教育の高速化運動」を推進しています。子ども自身が成長を実感し、自ら伸びていく様子もつれづれに綴っていきます。

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