前回、発達障害を察知するために、子どもたちのどのような様子に関心をもつべきかについてお伝えしました。発達障害を見極めることで、子どもの困難さを支援することにつながることが大切なのであって、子どもを判別するような姿勢をもつべきではないこともお話ししました。
繰り返し申し上げてきたように、発達障害というのは、取り立てて特別な症状を見せるものではありません。誰もが抱えている特徴的な言動が誇張された形で表現されるために、本人や家族、周囲でかかわる人たちが戸惑うことがあるにすぎないのです。人は誰でも、注意散漫になったり、イラついたりします。それを周囲と折り合いをつけながら、日常生活を送っていっています。発達障害のある子どもたちは、折り合いをつけることに不器用なだけなのかもしれません。
そうであるならば、その不器用な点を改善できるような支援をすることによって、彼らの特徴を弱みとしてではなく、逆に強みとして生かしていくことができるようになっていくのではないかと考えます。それは、多くの子どもたちにとっても同様のことです。子育てや教育を通して一人一人の個性を見抜き、適切な支援を行い、強みにできる部分を見いだしていくためにも、ぜひ理解を深めていただきたいと思います。
さて、今回は発達障害の子どもがもつ「こだわりの強さ」について、詳しくお話ししていこうと思います。前回お話しした内容に加えて、こだわりの強さを知ることができれば、発達障害を察知することがさらに容易となっていきます。
ところで、私が発達障害について学び始めたころ、こだわりとは自閉症傾向のある子どもたちに特有の問題のように捉えていました。例えば、本を書棚に並べるのに背の順がきちんと揃っていなければ気が済まないとか、決まった手順に沿って行動しないと気が済まないといったイメージです。
しかし、最近になって、こだわりも誰もがもっている言動のパターンのひとつにすぎず、その強さが際立ってしまうために、周囲との折り合いをつけにくくなってしまっているのだということに気付きました。
まず、発達障害のある子どもたちが見せるこだわりの例を見ていきましょう。
Cさんはとても几帳面な子どもで、筆箱の中にはいつもきれいに削られた鉛筆が並んでいます。それらの鉛筆は、筆箱に作り付けられたホルダーに収められているのですが、使って先が丸くなった鉛筆は、向きを逆にして入れなければ気が済みません。そして、筆箱はランドセルのどこにしまうかということも、きちんと決まっています。ですから、周囲の子どもたちのペースに合わせようとして支度を手伝っても、やり直しということになり、余計に時間がかかってしまうのです。
DさんもCさんに似たような様子をもつ、こだわりの強い子どもです。あるとき、いつまでも下校しないので、マフラーをさせてランドセルを背負わせたところ、マフラーの巻き方が違うと言ってやり直しになりました。マフラーを正確に半分に折らないと、ダメなのだと言い張るのです。彼女は、どんなに時間がないときでも、帰宅後におにぎりと数種類のおやつを食べることにこだわるため、時間通りに出かけられないことが悩みであるということも、保護者の方から伺いました。
E君は、遊びのルールを途中でどんどん変えてしまいます。自分が勝つためには、どんなことでも主張します。まるでドラえもんに登場するジャイアンのようなので、周囲の子どもたちはついつい従ってしまいます。体育の時間にボール運動の試合で負けると、負けた原因となったと思われる友達を罵倒します。とてもひどい言葉を浴びせ、泣いても容赦しないという態度を見せます。このタイプの子どもたちは、よく似た行動パターンをもっています。
F君は、鉄道に大変興味があります。毎朝、駅に立ち寄っては、電車を見つめる姿がありました。どこにどのような線が走っていて、そこにはどんな駅があるかという知識ばかりではなく、車両の形や歴史についてもよく知っています。移動教室に行く途中、私たちが住んでいる町から100キロメートル以上も離れた道路をバスで走行していたとき、ガイドさんが、「ここは○○線の□□駅の傍です」と案内されました。ところが、F君が間髪をおかず、「違うよ、ここは●●線の■■駅の傍で、電車の種類は・・・」と説明が始まりました。その時はガイドさんも、私たちもとても驚きました。
Gさんは、友達とトラブルを起こすと、相手が謝ってくれるまで文句を言い続けます。トラブルの原因が自分にあっても、まずは相手が謝ってくれないと気が済みません。相手が仕方なく「ごめんね」と言っても、その言い方が投げやりであれば、何度でも丁寧に謝るように求めます。相手が大人であれば、Gさんは丁寧な言い方で謝ってもらいたいだけなのだと思いやることができますが、子どもたちが相手になると解決するまでにかなりの時間を要することになります。
以上、特徴的な5人の例を挙げてみましたが、自分にも似ているようなところはありませんでしたか。
こだわりとは、本人が何かに執着している姿に他なりません。身近にも、こだわりの例はたくさん見られます。ある方が映画館に入ったところ、お客さんがまばらであったので、何気なく気に入った席に座ったそうです。ところが、後から来られたお客さんに、「そこは私の席だから、どいてほしい」と言われたという話を聞きました。常連さんにとっては、そこが自分の席という思いがあったのでしょう。他にいくつも席が空いていればあきらめて別の席を使うところですが、こだわりの強い方にとっては、どうしてもその席でなければならなかったのだと思います。
もうひとつの例も、社会の中ではよく見られます。仕事に大きな支障をきたすことがなく、大きな損失を与えることでなければ、小さなことには目をつぶってもいいだろうと思うのに、些細な変更を許せないと主張するような態度を見せる人がいます。こういった行動のパターンも、こだわりの強さがもたらしていることに他なりません。
程度の大小があるとしても、誰でもが自分なりの考え方や行動のパターンに縛られています。それが、自分の中の問題として存在するうちは、周囲の人に迷惑がかからないというだけの話です。しかし、人を巻き込み、あるいは他人をコントロールしようとして、不愉快な気分を起こさせるようなこだわりには、気をつけていくべきでしょう。こだわりが原因となって、人間関係を悪化させてしまうからです。
一方で、こだわりを強みとして生かすことによって、好ましい成果を上げることができることを忘れてはなりません。例えば、技術者のこだわりによって新しい技術が生まれ、優秀な製品が作られているという例は枚挙にいとまがないということを、みなさんはよくご存知だと思います。料理の味にこだわることによって、家族が夕食の時間を楽しむこともできるのです。几帳面なところを生かしていけば、緻密な作業で力を発揮していけるかもしれません。誰かのためになろうとすることや、自分自身や家族・友人が楽しむためのこだわりは、むしろ歓迎されるべき特徴であると言えます。こだわりを強みとして生かしていくことができれば、それによって人生が開けていくと言っても過言ではないのです。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)
特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com
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