2013.09.05
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

若い先生たちへのメッセージNO.9「詰め込み教育の問題点」

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 夏休みが終わり、2学期が始まりました。2学期は、運動会や学習発表会といった大きな行事に加え、セーフティ教室とか学校公開、研究授業など、こなしていかなければならない仕事が盛りだくさんです。残暑の中のスタートとなりましたので、子どもたちも先生たちも体調には十分に配慮して、無理のない活動を行っていってほしいと思います。

 さて、今回は、若い先生から質問をいただいたので、「知識の詰め込みが、なぜ好ましいと言えないのか」について考えていきたいと思います。 

 誤解を招かないように初めに申し上げておきますが、知識や概念を覚えこませることが悪いと言っているのではありません。ただ、子どもたちに最初から知識や概念を教え込むような授業をすると、どのような点で問題となるのかを考えてみようという試みです。

もちろん、教科によっては、知識や概念を暗記させなければならない単元や領域もあります。「かけ算九九」や公式はその代表的なものであり、暗記を促すことはとても大事です。ただそういった場合でも、覚えようとする気持ちを子どもたちの中に育て、子どもたちが主体的に知識を取り込もうとするように指導していってほしいと願っています。

 

 では早速、具体的な授業のイメージを通して、実際の授業はどのように行われているのかを見ていきましょう。実のところ、私たちの行っている授業では、基本的に知識や概念の詰め込みを行うことはありません。「なぜ詰め込みを行わないのか」、「そのメリットはどのようなことなのか」という点を考えながら、下記の例を読んでみてください。

 算数における面積の学習です。

 私たちはまず、子どもたちに、広さとはどのような概念であるのかを考えさせます。生活の中から、部屋が広いとか、校庭が広いといったイメージを喚起させ、そこから「広さ」の概念をはっきりさせていくのです。

 次に、どのようにしたら広さを比較できるのかを考えさせます。そして、広さを比較するために、面積を出すことの必要性にも気づかせていくのです。基準となる広さを用いて比較すれば、複雑な形であっても広さの比較ができる利便性に気づかせることが重要です。このような流れの授業は、長さの学習でも行っているので、思考の手順には慣れている場合が多いと思います。

 さて、具体的な面積の求め方を考えさせるときには、工作用紙のような1センチメートルの方眼が書いてあるものに正方形なり長方形なりをかかせ、方眼の数を数えることで面積を求めることができることに気づかせます。正方形や長方形であれば、マス目をいちいち数えなくても、かけ算を用いてマス目の数を求められるからです。そこまで理解できれば、「一辺×一辺」「たて×横」といった公式を思いつくことは容易であると言えます。

 この例の説明からもわかるように、私たちは授業を通して知識や概念を、最初から詰め込むような手順をとっていないのです。私が何度も「気づかせる」という表現を使っていることからもわかるように、「教師は子どもたちに、気づくように仕向けている」と言えます。子どもたちが、自分で考えて問題を解くことができるように、思考を操作しているとも言い換えることができるでしょう。

 このように、「自分で考える」という主体的な学習を行わせていると同時に、授業という場面では、子どもたちがクラスメイトと一緒に学ぶメリットを最大限に生かすことができるという側面も忘れてはいけません。友達と一緒に学習していれば、友達と自分の考え方を比較したり、どちらの考え方がよりよいものであるかを選択したりする機会を得ることができるからです。比較や選択を通して、より相応しいと思う考え方を決定していく経験をもつことになるのです。

 さらに、このような授業の流れを別の角度から見ると、子どもたちがまるで数学者のような立場をとり、研究の成果として面積を求める公式を発見したかのような体験をしているということに気づかれると思います。

 面積の学習をするにあたって、最初から方眼用紙にかかれた正方形と長方形を見せ、このマス目を数えるにはかけ算を使うこと、その結果として、公式は「一辺×一辺」ないしは「たて×横」になることを教えることは安易な方法です。公式を暗記させて、多くの問題を解かせ、知識の定着を図ることができれば、瞬間的には大きな成果を上げることができるかもしれません。

 しかし、そこには大きな落とし穴があるのです。ひとつは、自分で考えなくても、やり方は教えてもらえるという習慣をつけてしまうことです。考えなくても、誰かが答えをもたらしてくれるという習慣は、生涯を通してみると決していいことではありません。人生の中では、自分で選択をして決断しなければならない場面や、自分にとって有効なものを考えださなければならない場面はたくさんあるのです。

 また、自分で考え出すことの楽しさを味わうことなく成長することは、もったいないことです。例に示したような授業の流れによって、子どもたちの中には、「なるほど、そうやればいいのか」、「やればできるんだな」、「自分もまんざらではないな」、「次はもっとよくやってみよう」といった気持ちが芽生えてくるでしょう。そういった体験の積み重ねによって、自己肯定感とか自己有用感と言われるような感情が育っていくのです。

 知識や概念を獲得させなければ、いわゆるテストで点数を取ることはできません。学力が点数で計ることが多いことを考えれば、覚えこませることも必要です。しかし、本来「学力」とは目に見える点数だけのことではありません。「見えない学力」の存在を忘れずに、自分で考えて答えを出し、それをもとに行動できる子どもに育てていくことができるよう、2学期もがんばっていきたいと思います。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

同じテーマの執筆者
  • 松井 恵子

    兵庫県公立小学校勤務

  • 松森 靖行

    大阪府公立小学校教諭

  • 鈴木 邦明

    帝京平成大学現代ライフ学部児童学科 講師

  • 川村幸久

    大阪市立堀江小学校 主幹教諭
    (大阪教育大学大学院 教育学研究科 保健体育 修士課程 2年)

  • 髙橋 三郎

    福生市立福生第七小学校 ことばの教室 主任教諭 博士(教育学)公認心理師 臨床発達心理士

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop