2013.07.24
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小学校の教科担任制

群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭 大谷 雅昭

 最近の小学校では、高学年を中心に教科担任制が少しずつ進んでいます。もちろん、中学校以上の教科担任制とは異なりますから、厳密には教科担当制といった方がよいかもしれませんね。

 では、なぜ、教科担当制なのでしょうか。

 それは、より専門性が高い教科については、子どもの興味関心を高めるとともに、その教科の専門家が指導した方が力が付くからだと言われています。

 私は、昨年度から特配教師として、理科専科をやっています。

 理科の特配教師を配置した理由は、大きく2つあるそうです。一つは、子どもたちの理科離れに対して、理科免許をもつ教師が指導することで、専門性の高い授業が展開され、理科の楽しさや不思議さを味わわせることができるからです。また、小学校では、理科が苦手な教師が多いという実態を踏まえたものでもあるそうです。

 二つ目は、特に小学校高学年の教科担任制を促進するためだそうです。子どものニーズに答えられる指導とともに、中1ギャップを緩和するためでもあると言われています。

 理科専科特配は、興味深い試みであると思っています。

 一方、こうした小学校教科担任制の動きに対して、次のような個人的な考えを持っています。

 小学校の中学年以下は、基本的には学級担任制であるべきで、高学年においても一部交換授業等があっても学級担任制をベースとする方が、子どもを育てやすいと考えています。

 児童にとって、担任の教師は絶対です。学校で一番の頼りは、担任の教師なのです。子ども自身や家庭が難しくなっている今こそ、学級担任がその多くの授業を受け持つべきだと考えています。

 その理由は、学級担任は子どものよいところとよくないところも含め、一個人のすべてを直接把握する必要があるからです。それは、その子のよさを伸ばしやすくなるとともに、リアルタイムの指導もできるからです。また、時間のロスや話の食い違いが少なくなります。そして、何よりも子ども(の心)が安心するからです。1時間毎に授業者が変わるのは、今の子どもの実状には合わないと思ってます。また、同一の指導方針、授業の進め方をすることで、子どもは教科は違っても同じスタンスで授業を受けられるので、一層安心して授業に臨むことができるからです。

 もし、普通の小学校で、低学年から教科担任制だったらどうでしょうか。

 授業の進め方やノートの書き方、発言の仕方など、担任者によって違ってきます。子どもは誰に合わせてよいのか混乱します。ある教師はよいと言ったのに、別の教師にはよくないと言われることがあるかもしれません。また、担任教師が自分の苦手な教科の担当だったら、どうしてもあまりよい印象はもてなくなるでしょう。

 また、教科の授業中でも生徒指導をしなくてはならない場面があると思います。もし、家庭へ連絡する必要が生じた場合、教科担当が連絡するのでしょうか、担任でしょうか。直接、指導した教科担当が連絡したのならば、担任の立場はどうなのでしょうか。担任が連絡した場合、また聞き状態ですので、うまく伝えられないことも出てきてしまいます。

 このことは、家庭における子育てと同じです。子どもは、両親が一体となって育てていくのがよいのです。そこに、祖父母や親戚などから、多くの口出しや介入があったらどうでしょうか。親も子も混乱し、うまくいかないことが出てきてしまうでしょう。

 以上が、「子どもを育てる」という視点に立った時、小学校では学級担任制を基本として、学級の子どもと子どもたちを育てていくのがよいと考える理由なのです。

 ところで、最近、興味深い話を聞きました。それは、ある教育委員会では、小学校で教科担任制を進める上で、国語は学級担任が離したがらないので、最も国語の教科担任制は難しいと考えていたそうです。ところが、意外にも国語の教科担任制を実施している学校が増えてきているに、びっくりしたというのです。それは、どうしてなのでしょうか。

 現行の学習指導要領になり、国語の教科書が厚くなり、教える内容が増えたのに教える時間は増えていません。長い教材文を短時間で読ませなくてはなりません。国語を教えるのが、非常に難しくなっているのです。もしかしたら、このようなことが影響しているのかもしれません。

 教えやすいからとか苦手だから、あるいは予算が足りないからといった教師や教える側の都合によって、教科担任制が考えられてはいないでしょうか。

 その発達段階の子どもにとって、家庭や社会情勢の変化する中で、子どもを教科や授業を通して育てるために、よりよい方法や手だてはどうあるべきかという視点でもっと考えるべきでしょう。

 小学校教科担任制を全面的に否定するわけではありません。しかし、試行を通して多方面から十分に検証し、子ども(個)と子どもたち(集団)がよりよく育つような体制をつくってほしいと思っています。

 なお、私の理科専科特配は、3年間の期限付きの予算に基づくもので、その後は廃止だそうです。したがって、担任に戻った時、この3年間のブランクが不安です。一方、その間、理科を教えていなかった教師も同様の不安をもつことでしょう。そして、何よりも理科専科が突然いなくなった子どもたちは、もっと不安になるのではないでしょうか。

  みなさんは、小学校の教科担任制をどのように考えますか。

大谷 雅昭(おおたに まさあき)

群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭
子どもと子どもたち、つまり個と集団を相乗効果で育てる独自の「まるごと教育」を進化させると共に、「教育の高速化運動」を推進しています。子ども自身が成長を実感し、自ら伸びていく様子もつれづれに綴っていきます。

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