2012.02.17
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言葉は人格を表す

群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭 大谷 雅昭

ディベート 学びの振り返り

 「教育の目的に人格の完成」(教育基本法)があります。私たち教師は、日々、その目的に向けて教育実践を行っているわけですが、具体的には何をすればよいのでしょうか。
 教材研究をもっとすることでしょうか、よりよい人間関係を築く工夫をすることでしょうか。それとも、あいさつや姿勢などの生活指導を徹底することでしょうか。確かに、こうした指導や工夫は、「人格の完成」へ向かうための重要な手段となります。
 しかし、何か物足りないのです。それは、何なのでしょうか。

 広辞苑によると、「人格」とは「(1)人がら、(2)心、(3)道徳的行為の主体としての個人」と書いてあります。それは、一つの解釈として、「人格とは人間のすべての行いのレベル」に関することが問われているとも言えるのではないでしょうか。

 ところで、「言葉は人格を表す(作る)」と言われます。これは、「言霊」からきているのではないかと思っています。「言霊」とは、言葉に宿ると信じられている霊的な力のことです。西洋でも、霊的な力を含んだ「霊気」(プネウマ)というものが新約聖書に登場するそうです。
 昔から、言葉に出すとそれが本当になってしまうというように言われています。私も子どもの頃に親からよく言われました。つまり、日本では、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられているのです。よい言葉を発すればよい事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるということです。
 そうすると、今、置かれている状況や自分の人格は、過去に自分が発した言葉の集合体であると言うこともできます。

 少し理屈っぽくなりましたが、ビジネス界には、ビジネスパーソンが使う言葉に「光の言葉」と「影の言葉」という考え方があります。光の言葉とは肯定的・積極的な言葉であり、影の言葉とは否定的・消極的な言葉のことです。実際に、うまくいっている人は光の言葉を使うことが多く、足踏み人生を送っている人は影の言葉ばかりを口にする人が圧倒的に多いという特徴があるそうです。

 さて、前述の広辞苑の三つ目の意味に注目して考えてみると、「人格-言葉-道徳」は、教育の目的へ向かう教育実践に対して、深い示唆を与えているように思います。
 そこで、次のような言葉を用いた道徳の授業を行いました。道徳としてのねらいは、「正しいと判断したことは、勇気をもって行う。」で、テーマは「素直」という言葉です。
 この課題を設定した理由は、本クラスの子どもたちは、優しい気持ちを持つことができ、何かをやろうとすると、みんなで一緒にやることができます。ただ、友だちがせっかく声をかけてくれたので断れないなど、「友だちだから」という理由で、自分の本当の気持ちを出し切れない様子も見られます。
 そこで、この課題を解決に向かわせるとともに、「言語」と結びつけることで、実践が日常化するような授業を構成しました。

 まず、テーマである「素直」という言葉を提示しました。全員が知っていて、全員が言われたことがあると言っていました(よい子どもたちですから、当然でしょう)。しかし、どんな意味かと問うと、誰も答えられませんでした。そこで、いつものように国語辞典で調べて、意味をノートに書きました。(たとえば、「素直とは、ほかの人の意見に逆らわないで、おだやかに受け入れる様子」です。)
 次に、「自分は素直ですか。」と聞きました。自分は素直であるか、ノートに自分の考えを書きました。この時の結果は、はいが15人、いいえが9人でした。
 子どもたちに前提として、「素直とは、いいことかどうか。」を問いましたが、全員がいいことだと答えていました。
 そこで、いよいよ本題に入りました。例示された事柄は「素直か、素直ではないか」を判定する問題を出しました。その問題とは、次のようなものです。

 AくんとBくんが、一緒に算数プリントの宿題をすることになりました。Aくんは算数が得意なので、すぐにできてしまいました。すると、BくんがAくんに「プリントを見せて。」と言ってきました。Aくんは「いいよ。」と言って見せてあげました。Bくんは、Aくんのプリントを写して宿題をやり終えました。Aくんは、素直と言っていいでしょうか。

 果たして、24人の子どもたちはAくんをどう判定したでしょうか。結果は、素直が11人、素直ではないが13人でした。本当に興味深い結果です。同じ問いを高学年の子にすれば、おそらく素直ではないの割合がかなり多くなったことでしょう。
 そこで、Aくんは素直派と素直でない派に分かれて、ディベート(写真)をさせました。素直派の主張は、「国語辞典の意味の通りの行動だから、素直だ。」というのです。素直でない派の主張は、「素直はいいことなのだから、Aくんのしたことはよくないから、素直とは言わない。」というものでした。
 自分の思いや考えを素直に語る子どもたちの実態を見ながら、どのように本当の素直を教え、ねらいにせまるかを考えていました。
 結局、ディベートをしても、人数の変動はありませんでした。議論の出尽くしたところで、
「実は、国語辞典の意味は万能ではないのです。単なる『素直』という言葉の意味としてはいいのですが、人間の行為としての『素直』の意味にするには、付け足しが必要なのです。」
と言って、次のように黒板に付け足しました。
「素直とは、ほかの人のいい意見に逆らわないで、おだやかにいいことは受け入れる様子」
 そこで、子どもたちはようやく納得した様子になりました。
 最後に、「考えたことやこれからのめあて」をノートに書いて終わりになりました。(写真)

子どもが書いたノートには、次のようなことが記されていました。
・わたしはいいことだったら、素直に受け入れ、悪いことだったら受け入れないことを、これからやろうと思いました。わたしは道徳をやると、心が美しくなるので、素直な心でだんだん美しくしようと思いました。
・素直は、まほうのようなものだと思います。素直の意味を知るだけで、いいことができそうだからです。なので、たまには、素直を深く考えて、いいことをどんどんふやしていきます。

 つまり、子どもは、言葉の持つ力を感じ、実践しようとし、心を美しくしたいと考えているのです。こうした姿は、「人格の完成」へ向かうものではないでしょうか。
 もっとも日常的である「言葉」により、教育の環境を整え、子どもの心を育てていきたいと考えています。 

大谷 雅昭(おおたに まさあき)

群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭
子どもと子どもたち、つまり個と集団を相乗効果で育てる独自の「まるごと教育」を進化させると共に、「教育の高速化運動」を推進しています。子ども自身が成長を実感し、自ら伸びていく様子もつれづれに綴っていきます。

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