「感性」とは、国語辞典によれば「物事を心に深く感じ取る働き。感受性。」と書いてあります。人間が心豊かに生きていくためには、この感性を高めるとよいと言われています。ただ、この感性というのは、直接、教えることができないものです。しかし、五感に訴えることで、感性を鍛えることはできるようです。
11月の道徳では、学習指導要領に示されている「主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること。」の「(1) 自然のすばらしさや不思議さに感動し,自然や動植物を大切にする。」をねらいとした授業を行いました。
本学年では、理科の校外学習で9月に「ぐんま昆虫の森」(群馬県桐生市新里)に行き、秋の昆虫を観察したり、生態温室を見学したりしました。その温室は、群馬県から約2000km離れた西表島(いりおもてじま)の環境を模して作られたものでした。(当日はあまり詳しく触れませんでした。)この時のことを思い出させながら、本時の道徳の授業を始めました。
最初に、「自然とは何か。」と「自然をどう思うか。」を考えてもらい、意見交流をしました。こうすることで、子どもたちは同じステージに乗る(思いを共有し、授業の準備ができた)ことができるようになります。同時に、本日のテーマ「何を感じますか」を知り、安心して授業に取り組めるようにしました。
次に、大型テレビを使ったスライドで、日本の地図を示し、群馬県と沖縄県や八重山諸島の位置を確認しました。そして、西表島をはじめ、石垣島・由布島・竹富島・久米島の様子を紹介しました。子どもたちの感性に訴えるられるように、教師の私見を入れずに、風景や動植物などの事実のみを伝えるようにしました。
最後に、「何を感じ、何を考えましたか」と問い、ノートに思いなどを書いてもらい、授業を終わりにしました。余韻のある授業をしたかったので、あえて結論めいたことなどは一切、言わずにいました。果たして、子どもたちは何を感じ、何を考えたのでしょうか。その一部を紹介します。
☆感じ、考えたこと
・はじめて自ぜんを見て、とてもうつくしいなと思いました。なので、これから自ぜんをだいじにしていきたいです。(Aさん)
・自ぜんやいろいろな物は、自ぜんがつくってくれているんだなとかんしゃします。(Bさん)
・自ぜんの写真を見て、きれいだな~と思いました。なので、今から自ぜんをきたなくしないようにゴミをそこらへんにはすてないようにしようと思いました。(Cくん)
・冬でもすごくきれいな海があるんだなと感じました。あと、自ぜんはすごく不思ぎだなと感じました。ぼくはこれから、きれいな自ぜんをまもれるように、ぼくは花などをぬいてしまったことがあったので、今度からはぬかないで、自ぜんを大事にしようと思いました。(Dくん)
・自然は、とてもすごくて、とても大切だと思いました。(Eくん)
・ぼくは、自ぜんをこわすと、生きている虫や植物が生きていけなくなるので、自ぜんをこわさないようにして、自ぜんがこわれないようにしたいです。(Fくん)
・自然というのは、生き物などささえているので、これからは自然を大切にします。(Gさん)
・ぼくは自ぜんを、生き物がすみやすい所だと感じました。木、水、花などをちゃんとやさしくしようと考えました。(Hくん)
・自然が作った物には、自然に感しゃして、自然をくずさないようにしようと思いました。自然はとても不思ぎだと思いました。(Iさん)
・自ぜんは、ぼくたちを生み出してくれたので、ぼくはもっとかんしゃして生きようと思いました。(Jくん)
この授業をして、教師は多くを語る必要はないと考えました。それは、次のようにKさんが書いてくれたからです。子どもとその感性は、本当にすばらしいですね。
「私は、自然はとても気持ちがいいなと感じ、何を考えたかと言うと、自然ってどれぐらい大切なんだろうということです。でもだんだん、写真を見ていくうちに、自然の大切さを知りました。」
もちろん、子どもの感覚や感性だけに頼ってはいけないと思っています。しかし、子どもが持っている素質を見い出し、輝かせるのが、教師の仕事ではないでしょうか。すべてを結論づけるのではなく、時には、こうした「余韻」のある授業もいいなと思っています。
大谷 雅昭(おおたに まさあき)
群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭
子どもと子どもたち、つまり個と集団を相乗効果で育てる独自の「まるごと教育」を進化させると共に、「教育の高速化運動」を推進しています。子ども自身が成長を実感し、自ら伸びていく様子もつれづれに綴っていきます。
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