昨年のゴールデンウィークに、栃木県足利市の足利学校を訪れ、学校教育の原点に触れた思いで帰ってきました。それから1年後、再び、足利市を訪れることにしました。
前回は、足利学校を見ることしか考えていませんでした。ちょっと調べてみると、足利市は東の小京都の一つと言われ、多くの神社仏閣や名所旧跡があることに気付きました。また、市内には、孔子様の言葉の碑や足利市にゆかりのある相田みつをさんの言葉の碑も多くあるのです。そこで、今年はそうした歴史に触れてみようと思いました。
そう思いながら、足利市の地図を見ていると、市内を東西に流れる渡良瀬川の存在の大きさに目がとまりました。
「渡良瀬川・・。」
と、また、考えていると、『渡良瀬橋』という曲が頭に浮かんできました。
その『渡良瀬橋』という曲は、森高千里さんが作詞して、1993年に発表したシングル曲で、テレビの旅番組のエンディングとして使われていたものです。ヒットした当時は、曲のフィーリングのよさばかり気にしていました。ですから、それ以上のことは何も考えていませんでした。
ところが、『渡良瀬橋』は、渡良瀬川に架かる橋であり、それは足利市にあるということがわかったのです。今さらと思われると思いますが、私にとっては、とても衝撃的な発見でした。
そこで、今回の足利行きのメインは、『渡良瀬橋』巡りとしました。
まず、実際にある「渡良瀬橋」に行きました。すると、昨年、足利からの帰りに渡った橋でした。歌詞のイメージからはほど遠く、片側1車線の狭い橋で、歩道もありません。ちょっとがっかりしながら、橋の東側から眺めることにしました。県道になっている北側の土手を歩いていると、何と、『渡良瀬橋』の歌碑があるではないですか。そして、歌碑の左側にあるボタンを押すと、『渡良瀬橋』の歌がフルコーラスで流れるのです。もちろん、森高千里さんの声ですから、一人で感動してしまいました。
『渡良瀬橋』の歌詞の中に出てくる「神社」や「床屋」、「公衆電話」は、実在します。もちろん、晴れた日の夕暮れには、渡良瀬橋をバックに「夕日」を見ることもできます。
調べてみると、森高千里さんは、足利市の大学の学園祭の帰りに渡った渡良瀬橋に思いがあり、作詞に当たって足利市を訪れ、その印象を元に書き上げたとのことでした。本物だからこそ、心にスッと入っていくのだと思いました。
学校教育においても、単なる書いてある知識を教えるのではなく、実体験に基づいた事柄である方が、聞く者に感動やより深い理解を与えるのではないかと思いました。そして、常に、研修と修養を心がけ、いくつになっても学び続けていきたいと強く思いました。
陽気のいい5月に足利市を訪れ、今年もまた、多くの発見と感動をしてきました。今度は、自分の町の再発見をしたくなりました。(勤務校では、3年生を担任していますので、社会科の学校の周りの探検で、新発見をしようと思っています。)
また、『渡良瀬橋』の歌詞も深読みすると、おもしろいのではないかと思いました。
大谷 雅昭(おおたに まさあき)
群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭
子どもと子どもたち、つまり個と集団を相乗効果で育てる独自の「まるごと教育」を進化させると共に、「教育の高速化運動」を推進しています。子ども自身が成長を実感し、自ら伸びていく様子もつれづれに綴っていきます。
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