2011.05.11
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軸をまっすぐに~どの子も伸びる~

滋賀学園中学高等学校 校長・学校法人滋賀学園 理事・法人本部事務局 総合企画部長 安居 長敏

先日、ある学習塾の主催するイベントが京都で行われ、久しぶりに京都市立堀川高等学校長の荒瀬克己先生の姿を目にしました。最近、京都市においては公立高校の躍進がめざましく、私学と見間違えるほどのインパクトがあります。大阪府でも、橋下知事が公私を巻き込んだ形で「高校生き残り戦略」を掲げた数々の新機軸を打ち出し、なかなか風穴が開かなかった教育界に新風を巻き込んでいます。
 
とはいえ、学校は一般企業とは違います。豪華で目を引くパンフレットや設備の行き届いた校舎などで、高らかに学校の素晴らしさを宣伝し、生徒を集めようとしてもダメです。いかに中身のある教育をしているか、その本質こそが学校の「品質」であり、外部に対しての説得力、ひいては求心力となり得るのです。
 
そういう意味では、まさに堀川高校は京都市内の公立高校としてその先陣を切った学校だ、といえると思います。「堀川の奇跡」とまで言わしめた先進的な学校改革が関係者の熱い視線を浴び、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも取り上げられ、その著書『奇跡と呼ばれた学校』には数々のエピソードが綴られています。
 
堀川高校は、改革によって国公立大学への合格者数を1ケタ(2000年度、改革後の第1期生が卒業する前の年度)から一気に100人以上(2001年度)に伸ばしました。2007年春には、東大に4人、京大に42人の合格者を輩出しています。現在では、全国有数の進学校として名を連ねていますが、俗に言う”詰め込み教育”とは無縁の学校で、ここに至る原動力となったのは1999年春に実施した一連の学校改革でした。
 
なんといっても、その目玉は専門学科「人間探求科」「自然探求科」の新設にありました。ユニークな「探求基礎」という科目が週に2コマずつ設けられていて、生徒たちが自由にテーマ(大学進学後の専門研究につながるものなど)を設定し、それを継続的に研究。個人論文を発表して,生徒同士で互いに評価し合うという、いわば大学におけるゼミや卒論・卒研に相当するようなものです。
 
これら一連の改革で、堀川高校が学校改革で目指したのが、「受験のための詰め込み教育」の強化ではなく、生徒たちが主体になって学べる場の提供でした。それによって「知る(探求する)ことのおもしろさ」「探求活動における基礎学力の重要さ」を生徒たちに身をもって体験してもらい、「段取り力」を身に付けてもらおうと考えたわけです。
 
単に詰め込むだけでは、学ぶことに対する目的意識がうやむやになってしまいます。自らが知りたいことを主体的に学ぶことによって、学習に対する目的意識が確固たるものとなり、ひいてはそれが受験につながり、さらには社会に出てからの「段取り力」の習得につながる、それが堀川高校の考え方でした。
 
少し前になりますが(2008年6月14日)、滋賀県愛荘町で堀川高校の荒瀬克己校長先生の講演がありました。1時間半という時間に凝縮された、経験に基づくエピソードの数々から、荒瀬先生の教育に対する情熱や想いや哲学がストレートに伝わってくる、非常に中身の濃いものでした。さすが国語の先生だけあって、ユーモアを交えた話は極めてわかりやすく、ソフトな語り口調の中にも数々のメッセージが明確に埋め込まれていて、その人柄とともに、大いに共感できる内容でした。
 
荒瀬先生曰く「なにも私が特別な想いをもっているとか、特別な力があるというわけではなく、いま話している内容は、ここにおられる大部分の人も同様に思っていること。同じ年代の大人なら、誰もが思っていることを言っているだけなんです・・・」
 
確かにその通り! うんうんと頷けることばかり。
 
でも、多くの大人たちは「想いはあっても実行できない」わけで、それを実行し、経験的に積み上げていっているという点では、私たちの実践など荒瀬先生の足元にも及びません。最初は、参考になることをメモしようと思っていましたが、ペンを動かすのも無駄に思えるほど、「言葉を聴いていたい」感覚になり、「言葉を文字ではなく、心に刻みたくなる」講演でした。
 
大学受験に合格することが人生のゴールではない・・・。私自身、いつも子どもたちを前に、何かにつけて発信し続けているメッセージです。
 
「受験勉強で得られる知識の多くは、入試の時にしか使えない。しかし、高校生には未来がある。これから先の長い人生を生きていくためには、培っておかなければならないことがたくさんある。将来の夢をかなえるために、希望する大学に合格することも大切だから、それを乗り越える手助けもする。同時に、生徒が将来何をするにしても、社会で多くの人とかかわって生きていくための力もしっかりつけさせたい」。
 
堀川高校では、目に見える学力としての受験対応力と、すぐには目に見えない、たくさんの学びや遊びを通して得られる「生きる力」の両方の獲得に取り組んでいるといいます。堀川高校の最高目標は『18歳で自立できる青年を育成する』ことで、「社会に出てから役立つ力」の一つとして、物事を計画し実行する力=「段取り力」を極めて重視しています。
 
同僚との話で、いつも話題に上る「段取り力」。この荒瀬先生の言葉を聞いただけでも、自分たちの教育観が間違っていないことが確信でき、めざす方向に自信が持てました。とは言え、教師自身が「段取り力」をもって子どもたちに接し、その体験を通して子どもたちに「段取り力」を体得させることが大切なのに、日々の現場ではなかなかそれが通じないことに苛立ちさえ覚えます。そんな毎日の中で、荒瀬先生の言葉は大きな支えになっています。
 
このほかにも、心に響くキーワードがたくさんありました・・・
 
 ・人は言葉を浴びて育つ
 ・人は言葉で考える
 ・考える習慣が身につくと、言葉の力がついてくる
 ・大人たちは生徒や子どもたちに答えを与えすぎる
 ・日常の問題も、言葉によって解決する
 
そして何よりも、「なるようになるさ・・・」的な余裕がいいと思います。やろうとしていることは、人間を育てるという、とてつもなく大きく深いことなのに、構えは実にゆったりとしているのです。
 
 ・教育は楽観的でありたい
 ・何とかなる、これからだ、を大切にしたい
 
ふだん私自身も同じようなスタンスでいる部分があるのでしょうか。同僚から同じようなことを言われる身としては、自信が持てて、すごく嬉しい言葉の数々です。
 
講演の後、以前読んだその著書『奇跡と呼ばれた学校』に書かれていたことも含め、いろいろなことが頭の中を駆け巡っていました。それは、迷っているとかいうことではなく、不思議なくらい前向きでクリアな、一点の疑問符もつかないほどの「混乱?」でした。「自分の教育観に自信が持てた」ということに変わりはないのですが、そんな単純な言葉で片付けられないほど大きなものが渦巻いている、そんな感じでした。
 
久しぶりに荒瀬先生の姿を拝見し、改めて「堀川の奇跡」を胸に刻みたく、少し振り返ってみました。

安居 長敏(やすい ながとし)

滋賀学園中学高等学校 校長・学校法人滋賀学園 理事・法人本部事務局 総合企画部長
私立高校で20年間教員を務めた後、コミュニティFMを2局設立、同時にパソコンサポート事業を起業。再び学校現場に戻り、21世紀型教育のモデルとなる実践をダイナミックに推進中。

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