2011.01.14
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挨拶指導の基礎資料

群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭 大谷 雅昭

 本校では学校評価を受けて、「挨拶がもっとできるようにしよう」ということになり、職員会議で話し合われました。多くの職員から意見が出されましたが、こうすればいいという決定打は出ませんでした。挨拶については、全国の多くの学校の課題にもなっていますが、成功例がすべてに当てはまるものではなく、学校や地域等の特性に合わせて指導しなければならない難しさがあると考えています。
 結局、本校では、私が提案した「まず、挨拶とは何かと言うことを教師が理解(共通理解)した上で、学年や学級の状態に合わせて指導していく」ということなりました。そこで、私は挨拶について考えていることをまとめ、教務に提出し、校長の承認を受けて、全職員に文書として配布して、指導のための基礎資料としてもらいました。以下に、全文を紹介します。


『挨拶について』
 教師として、教育を展開していくためには、根本・本質・源を押さえておく必要があると考えています。例えば、何のために学校があるのか、何のための授業であるのか、何のための学級指導なのかなど、各種の法律や指導要領に基づき、解釈し、教師としての明確な解(教育哲学)を持っていると、指導がぶれないと思っています。
 さて、挨拶について、個人的に持っている情報をお知らせします。何かのお役に立てたら幸いです。

1.語 源
 挨拶の語源は、仏教語の「一挨一拶(いちあいいちさつ)」にあると言われています。「挨」という文字には、押し開くや互いに心を開いて近づくという意味があり、「拶」には、せまる、すり寄るといった意味があります。つまり、人と人とが出会い、お互いに心を開いて相手にせまっていくことが「挨拶」なのです。

[補足]
 「言葉は心を育て、人をつくる」と言われています。言葉の意味を知ると、それにふさわしい態度をとるようになるというのです。もちろん、すぐにできるわけではありませんが、根本・本質・源を教えることは、重要だと考えています。
 「言葉」は、人間のつくりあげた文化の中で最もすばらしいものです。「言葉」という文化は、お金がなくても、どこに住んでいても人間生活を豊かにしてくれるものだからです。その「言葉」の中で、一番、大切なものが「挨拶」だと言われています(野口芳宏先生)。
 荒れた学校で、まず取り組むことが、挨拶であることからもわかると思います。そして、子どもたちの挨拶を変えるには、子どもたちの挨拶に対する「意識」と「繰り返しの行動」が必要だと思っています。このことが、効果的なのでしょう。
 本学級では、「おはようございます。」をはじめ、「いただきます。」「ごちそうさまでした。」「ありがとうございます。」の言葉の語源や意味に触れています。
 「おはようございます。」は、「お」は美化語、「ござい」は尊敬語、「ます」は丁寧語で、「はよう」が意味を表します。つまり、「早う」で、早起きで立派ですねといった褒め言葉であり、賞賛語なのです。ということは、『それらしく言わなければならない。』のです。このように、意味を教えることは、意義があると考えています。もちろん、前述のようにすぐできないとは思いますが、教師として「教える意味や意義」は深いものがあると考えています。意味を知って、教師としてどのように指導するかは、腕の見せ所だとも思っています。

2. 挨拶の指導について
 根本・本質・源を知ることは大切です。では、その上で具体的な指導は、どのようにしていったらよいのでしょうか。
 個人的には、単独で指導したのでは、恒常的な変容とはなりにくいと考えています。つまり、形だけの挨拶では、意味がないからです。だからといって、恥ずかしいからしないというのは、論外だと思います。ただ、子どもなりの理由があるのは、確かです。そこで、次のような考えに立ち、指導していくのも一つの手だと考えています。

 学校は、公的な集団生活の場です。そこでの生活は、朝の「おはようございます。」から始まり、下校時の「さようなら。」の挨拶で子どもは一日を終えます。
 ところで、このような挨拶は、人間が日常生活を営む上で最小限の生活規範であり、最も身近で簡単なコミュニケーションであると言えます。
 挨拶がきちんとできない子は、基礎的なコミュニケーションの素地が身についていない子である場合が少なくないと思います。
 たとえば、「おはようございます。」の挨拶。笑顔ではきはき言える子、表情も暗く口の中でモゴモゴ言っているような子、・・・。それら全て、その子どもの個性だからと容認してよいのでしょうか。
 私は、そうは思いません。持って生まれた気質や、家庭環境で形成されてきた人格によるところもない訳ではないと思いますが、病的な場合は別としてこれは誰もが身につけるべき基本的な生活習慣だからです。家庭や学校で、取り立てて、挨拶を当然の躾として教えられてこなかったり、然るべき指導を受けてこなかった子どもは、学年が上がるほど改善するのが困難になってきます。声を出すことに何かしらの抵抗感を抱いているとしたら、早めに何らかの指導を講じてそれを取り除いてやる措置を施してやるべきではないでしょうか。
 では、具体的にどんな指導が望まれるのでしょうか。
 ただ単に「元気よく挨拶しましょう。」などの毎日の声掛け指導で子どもがきちんとできるようになるかというと、その可能性は低いですね。
 子どもたちが、「声を出すのは楽しい。」「挨拶するのは気持ちいい。」と感じていないのであれば、糠に釘の如くその場限りのものになってしまうでしょう。そこで、ロールプレイを使った体験も重要だと思います。知ってるつもりではなく、具体的に子どもたちに感じてもらうことは、どの学年でも有効だと考えています。ただ、これだけでは、不十分だということに気づきました。
 この体験をフォローアップするために、『音声言語指導』とからめた視点から「声を出すのは楽しい」と感じさせる指導をするべきだということです。高学年になるほど、声を出すこと自体が減り、授業中もほとんどしゃべらくなくてもいい子がいるのではないでしょうか。
 ここで言う『音声言語指導』とは、難しいことではなく、以下の二点がポイントになっているだけです。
 ・声を出すことに慣れさせる。
 ・場に応じた声量や工夫を意識付ける。
 あとは、「局面限定」と「個別評定」し、「変化のある繰り返し」の3つの原理原則(向山洋一先生)に沿っていけば、成果は上がってくると思っています。
 
 もちろん、一学級だけがやっても、ただの学級文化に過ぎません。全校で「学校文化」を築かなくては、「恒常的」にはならないと思っています。それには、教師の共通理解と共通実践、範となる言動が重要ではないかと考えています。
 また、学級づくりと関連づけるとともに、SST(ソーシャルスキル・トレーニング)やSGE(構成的グループ・エンカウンター)、アサーション・トレーニングなどを効果的に取り入れることで、相乗効果を生むものと思っています。


 以上が全文です。まだまだ、不備・不足・不十分があるかと思いますが、何かのお役に立てたら幸いと思っています。

大谷 雅昭(おおたに まさあき)

群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭
子どもと子どもたち、つまり個と集団を相乗効果で育てる独自の「まるごと教育」を進化させると共に、「教育の高速化運動」を推進しています。子ども自身が成長を実感し、自ら伸びていく様子もつれづれに綴っていきます。

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