2010.07.12
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温室育ち

横浜市立中田中学校 英語科 教諭   石山 等

 私は神奈川県茅ヶ崎市で22年間以上の教員生活を送り、個人的な事情から退職をした経緯があります。何とかなると思って、思いっきり飛び込んだ民間業界。それでも、私は英語の教師で英検1級を持っていたので、それがある程度の武器にはなりました。最初は有名進学塾で講師を務めましたが、やはり学校教育を経験した人間には矛盾を感じることが多く、最終的には英会話学校への正社員雇用を目的とするようになりました。英会話学校で外国人講師と一緒に英語だけの授業を行うには、英検1級だけでは不足だったので、世間でおなじみのTOEICにも何度も挑戦し、最高で970点まで取るようになりました。しかし、それでも大した自慢にはならないのが、大手英会話学校の世界でした。

 私は二つの大手英会話学校を受験し、どちらにも合格しましたが、片方の労働条件には合わないため、もう一つの学校で英会話のクラスを5つも担任させていただきました。年度末にはTOEICのクラスまで担当させていただき、本当に有り難い限りだったのですが、社会はそれほど甘くはありませんでした。50歳も近くなり、自校の色に染め上げにくい私のような存在は、決して戦力としては見なされなかったのです。自分なりのアドリブをきかせるような授業はタブーでした。落胆した私は、たった1年間でその大手英会話学校を去りました。同時に英会話講師を務めていた別の英会話学校も、正社員としての雇用を考える余裕はないようでした。朝から晩まで必死で働いても月収は13万円程度。自分で言うのも何ですが、これだけ立派な資格を有していても、大手英会話学校の時給は2,000円程度なのです。しかも、その時給は授業がある時間帯にしか支払われないので、授業と授業の間はほぼ無給です。「2,000円程度」という言い方自体が不遜ですね。私の妻は時給1,000円以下で大変なパートの仕事をこなしているのですから。

 私は、他人にばかり頼っていないで、自分の家で英会話教室を開いてしまおうと決心しました。大型コンピューターのモニターを使った授業は、実に画期的でしたし、インターネットも導入した授業は多くの生徒さんに喜ばれました。ところが、そんな石山外語学院も、勢いは長くは続きません。確固としたノウハウがない教室は大手の英会話学校にはかなうはずもないのです。私は生活費を稼ぐのにどうしたらいいか、頭を抱える毎日でした。そんなときに頭をよぎったのが、学校教育の世界への復帰です。もう、見栄や体裁を考えている場合ではありませんでした。

 一度神奈川県の職員を辞めていた私ですので、今回は横浜市の教員に挑戦です。自分の持っている英語力を活かした特別Ⅰ枠での受検です。自信などかけらもない。でもこれこそまさに「背水の陣」だったのです。家族のために頑張らなければ…私の頭にはそれしかありませんでした。そしてインターネットで知った合格通知。余りの嬉しさに涙も出ませんでしたが、妻を初め家族がみんなで喜んでくれている姿を見て初めて胸が熱くなりました。

 私が長々と民間から学校現場への復帰の道を書いたのは、学校の中にずっといると「温室育ち」になってしまうということを言いたかったからです。先生たちは何かあればすぐに「飲み会」に行きますね。相手の懐具合を考えずに乗りで誘っている。ああいう姿を見ていると、金持ちボケしてるんだなあと思わずにはいられません。1回の飲み会に5,000円かけても、別に普通に感じるのではありませんか。生徒が5,000円の諸費を忘れると、大騒ぎして徴収しようとするのにね。

 職員室でのある残念な会話です。「あそこの親はさ、仕事が見つからない見つからないって愚痴ってるけど、選び過ぎなのよね」私はこの耳を疑ってしまいました。民間に出たら簡単に仕事など見つからないのが現実です。試しに先生方が民間に出て仕事を探してみればいい。まずは年齢制限にかかって、次に社会性の無さが問題になる。結局は仕事を得られないでしょう。最終的にはプライドの高さが邪魔をするからです。その保護者も、仕事を選んでいるのではなく、自分に続きそうな仕事が本当に見つからなかったのでしょう。「どんな仕事でもやれ」というのは無茶な話です。仕事には向き不向きが必ずあるものです。私たち教員は、自分が安全な公務員でいるから、民間の冷たい風が理解できないだけなのです。

 学校では、子供たちから部費などお金を徴収することが多くあります。私は、そういうときいつも親御さんに深々と頭を下げるのです。1,000札の重み、5,000札の重みが痛いほどよく分かるから、自然と頭が下がるのです。これからも、まだまだ不景気な時代は長く続くことでしょう。子供手当にしても来年で打ち切られてしまう可能性が高い。私たち公務員はどんな不景気な時代にあっても経済的には守られています。ボーナスだってちゃんと支給される。でも、民間で働いている保護者たちは大変な嵐の中を生き抜いているのです。「温室育ち」である私たちは、自らの想像力を精一杯使ってそのことを理解しようとしなければなりません。

石山 等(いしやま ひとし)

横浜市立中田中学校 英語科 教諭
52歳。4年半のブランクを経て、教育界に復帰しました。最初に担任したのが3年生の素晴らしい子どもたちで、昔の元気一杯だった自分を思い出させてくれて、心から感謝しています。

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