2010.06.14
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背中で教育できない大人たち

横浜市立中田中学校 英語科 教諭   石山 等

 昔の大人たちが、人間として完璧で、教育力に満ちあふれていたとは思いませんが、少なくとも今よりは迫力のある後ろ姿を、私たちに見せてくれていたように思います。例えば、私の家は農家でしたが、朝から晩まで一生懸命に働く両親の姿を見て、私たち兄弟は育ちました。両親は粗末な食事をしても、私たち兄弟にはおいしいご馳走が与えられていたことも知っていました。そういう普段の生活の中から、私たちは大切な何かを学んだのだと思います。社会を生きるための大切な倫理観は、決して学校の「道徳」の授業から学んだわけではないのです。

 あれから40年以上が経過して、大人たちの姿勢は大きく変わってしまいました。電車の中に乗り込んで来るなり、いきなり携帯電話と睨めっこを始める人たち。大切なメールを家に送るだけなら、ずっと携帯の画面を見つめている必要はないはず。きっとゲームでもしているのでしょう。その間にお年寄りが乗車してきても、全く気付くことはない。お年寄りに席を譲るのは、意外と小学生だったりするのですから、全く情けない限りです。

 電車の中でいきなりお化粧を始めるOLにも幻滅させられますね。彼女たちの姿は、グラウンドでおめかしをする中学生の姿と重なります。電車の中で周囲の迷惑も考えずに大きな声でおしゃべりを続けるおばさん連中を見ると、かつて「オバタリアン」という言葉が発明された理由がよくわかります。そして、そんなオバタリアンの原形が、授業中におしゃべりをやめない小中学生の女子の姿に見られるのです。

 街中のあちこちに立てられている「犬の糞は持ち帰りましょう」という看板。犬を飼っていない人たちにはその惨状がよく理解できないかも知れませんが、本当にひどいのです。特に、雨の日などは、放置された糞が雨水に溶け出して道路に流れ出します。雨で崩れた糞が晴天の下で乾燥すれば、細かい粉になって風に飛ばされてあたりに散る始末。それが小さい子供たちの鼻や口から体内に入るのかと思うと、ぞっとします。条例で片づけることを義務づけられているにもかかわらず、自分の犬の糞も片づけられない大人たちが急増している有様は、教室にゴミが散乱している学校の状況とやはりダブります。

他人の迷惑を考えない行為は後を絶ちません。車の窓から火のついた煙草を出して、指を数回たたいて灰を落とす行為も、同じように窓を開けて走っている後ろの車のことを全く考えない行いですね。禁煙運動の高まりでさすがに少なくはなりましたが、歩き煙草などはもってのほか。でも、まだ煙草の吸い殻が街のあちこちに落ちているということから考えると、迷惑喫煙を続けている人間は少なくはないのでしょう。ゴミの日を守らずにゴミ出しをする人たち。自転車の無灯火運転や携帯睨めっこ運転を未だに止めない人たち。そういう自分勝手な行為をする大人たちが増えるに連れて、自分勝手な子供たちの数も増えてきたのではないでしょうか。大人たちは、背中で教育をできないだけでなく、後ろ姿で悪い見本を示し続けてきたのです。その結果、モンスターペアレンツならぬモンスターチルドレンが出現したのでしょう。

 「最近の子供たちは…」と嘆くことは簡単です。でも、決して忘れてはならないのは、子供たちは大人たちの姿を映し出す鏡であるということです。授業中におしゃべりを止めない子供たちがいることは前述しましたが、授業参観や卒業式でおしゃべりを止めない親たちがいることをご存知でしょうか。何年か前の卒業式で、私は思わずこう叫びたくなりました―「保護者の皆さん、静かにしてください!」

 ここ3回ほどの投稿は、「しつけ」に関するものでした。明るい話題もたくさんあるわけですから、次回はぜひ楽しい話題で投稿できるよう頑張りたいと思います。

石山 等(いしやま ひとし)

横浜市立中田中学校 英語科 教諭
52歳。4年半のブランクを経て、教育界に復帰しました。最初に担任したのが3年生の素晴らしい子どもたちで、昔の元気一杯だった自分を思い出させてくれて、心から感謝しています。

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