群馬・新潟・福島の3県にまたがる尾瀬は、美しい自然と貴重な生態系を持ち、「自然の宝庫」と称されています。また、「ごみ持ち帰り運動」の発祥地であることなどから我が国の自然保護の原点とも呼ばれ、木道の整備をはじめとして様々な自然を守る取り組みが行われています。平成19年8月には、「尾瀬国立公園」として新たに出発をしました。おそらく、その名前を知らない人はいないぐらいでしょう。
群馬県では、このかけがえのない尾瀬を、子ども達がふるさとについて学び、自然や地球環境を考える場として小中学生を対象に「尾瀬学校」及び「尾瀬学校補助金」というものを平成20年度に創設しました。
具体的には、群馬の子ども達が一度は尾瀬を訪れることができるように、学校単位でその実費(1日分のバス借上料とガイド料)を県が補助する制度です。
この制度により、義務教育の間に、ガイドを伴った少人数のグループによる質の高い自然体験をすることが可能になりました。この体験を通して、身近な自然を守ることの大切さや地球の環境を守ることの大切さを学び、さらに、ふるさとを愛する心を育むことをねらいとする制度なのです。
平成20年度の参加校は108校、参加者は8,145人でした。
こうした尾瀬学校の制度は、教育予算が減らされる中で、特筆されるものではないかと思います。現在は、バーチャルな情報が氾濫し、学校にいながら日本や世界の情報や映像を手に入れることができます。しかし、本当の感動は、実体験からのみ得られるものではないでしょうか。ですから、本制度は、群馬県が誇るものと言ってよいと思っています。
私は7月23日に尾瀬を訪れました。ニッコウキスゲは終わりかけていましたが、ワタスゲやキンコウカが優しく向かえてくれました。木道下の流れには、アカハライモリやヤマメがたくさんいました。至仏山や燧ヶ岳の様子も穏やかに見えました。
尾瀬は、自分の足で歩かなくては行けません。最短の鳩待峠から山ノ鼻(尾瀬ヶ原の西端)までは行きは約1時間、帰りは約1時間半かかります。また、大清水から入山した場合は、三平下(尾瀬沼の南端)まで片道2時間余りもかかるのです。ですから、自分の足で歩いて到着した尾瀬ヶ原や尾瀬沼の美しさには、心の底から感動するものがあるのでしょう。
今回の尾瀬は7年ぶりでしたが、まず、前回の思い出や風景と変わらないことに感動しました。そして、変わらない中に、小さな動植物たちが小さな違いを演出してくれていることに、また感動を覚えました。小さくて細いイトトンボ類、3種類のモウセンゴケをはじめ、よく見ないと見過ごしてしまいそうな生物がたくさん発見できました。
一方、前回と大きく変わったことは、尾瀬学校の子ども達がたくさんいたことです。基本は小グループですが、クラス単位で引率する先生の厳しい指導の声は、尾瀬には不釣り合いのように感じました。右側通行を守らなかったり、両側の木道を並んで歩いたりしているので仕方がないかもしれません。また、走って木道から転落する子もいました。
授業時間に対して、指導内容が増加する中での尾瀬教室の実施です。事前の指導が徹底しきれないという実情がうかがわれます。仕方がないこととは言え、本来の目的は何だったのでしょうか。
「尾瀬学校の崇高な目的」が、現場では最終的に「尾瀬に行って来られればいい」にまでに下がってしまっているように思いました。
「夏がくれば思い出す はるかな尾瀬 遠い空・・・」の歌詞で知られる『夏の思い出』の歌詞をおぼろげながら思い出し、感慨に浸っていました。
そして、尾瀬もそして尾瀬に込められた志も永遠であってほしいと心から願うのでした。
群馬県では、このかけがえのない尾瀬を、子ども達がふるさとについて学び、自然や地球環境を考える場として小中学生を対象に「尾瀬学校」及び「尾瀬学校補助金」というものを平成20年度に創設しました。
具体的には、群馬の子ども達が一度は尾瀬を訪れることができるように、学校単位でその実費(1日分のバス借上料とガイド料)を県が補助する制度です。
この制度により、義務教育の間に、ガイドを伴った少人数のグループによる質の高い自然体験をすることが可能になりました。この体験を通して、身近な自然を守ることの大切さや地球の環境を守ることの大切さを学び、さらに、ふるさとを愛する心を育むことをねらいとする制度なのです。
平成20年度の参加校は108校、参加者は8,145人でした。
こうした尾瀬学校の制度は、教育予算が減らされる中で、特筆されるものではないかと思います。現在は、バーチャルな情報が氾濫し、学校にいながら日本や世界の情報や映像を手に入れることができます。しかし、本当の感動は、実体験からのみ得られるものではないでしょうか。ですから、本制度は、群馬県が誇るものと言ってよいと思っています。
私は7月23日に尾瀬を訪れました。ニッコウキスゲは終わりかけていましたが、ワタスゲやキンコウカが優しく向かえてくれました。木道下の流れには、アカハライモリやヤマメがたくさんいました。至仏山や燧ヶ岳の様子も穏やかに見えました。
尾瀬は、自分の足で歩かなくては行けません。最短の鳩待峠から山ノ鼻(尾瀬ヶ原の西端)までは行きは約1時間、帰りは約1時間半かかります。また、大清水から入山した場合は、三平下(尾瀬沼の南端)まで片道2時間余りもかかるのです。ですから、自分の足で歩いて到着した尾瀬ヶ原や尾瀬沼の美しさには、心の底から感動するものがあるのでしょう。
今回の尾瀬は7年ぶりでしたが、まず、前回の思い出や風景と変わらないことに感動しました。そして、変わらない中に、小さな動植物たちが小さな違いを演出してくれていることに、また感動を覚えました。小さくて細いイトトンボ類、3種類のモウセンゴケをはじめ、よく見ないと見過ごしてしまいそうな生物がたくさん発見できました。
一方、前回と大きく変わったことは、尾瀬学校の子ども達がたくさんいたことです。基本は小グループですが、クラス単位で引率する先生の厳しい指導の声は、尾瀬には不釣り合いのように感じました。右側通行を守らなかったり、両側の木道を並んで歩いたりしているので仕方がないかもしれません。また、走って木道から転落する子もいました。
授業時間に対して、指導内容が増加する中での尾瀬教室の実施です。事前の指導が徹底しきれないという実情がうかがわれます。仕方がないこととは言え、本来の目的は何だったのでしょうか。
「尾瀬学校の崇高な目的」が、現場では最終的に「尾瀬に行って来られればいい」にまでに下がってしまっているように思いました。
「夏がくれば思い出す はるかな尾瀬 遠い空・・・」の歌詞で知られる『夏の思い出』の歌詞をおぼろげながら思い出し、感慨に浸っていました。
そして、尾瀬もそして尾瀬に込められた志も永遠であってほしいと心から願うのでした。
大谷 雅昭(おおたに まさあき)
群馬県藤岡市立鬼石小学校 教諭
子どもと子どもたち、つまり個と集団を相乗効果で育てる独自の「まるごと教育」を進化させると共に、「教育の高速化運動」を推進しています。子ども自身が成長を実感し、自ら伸びていく様子もつれづれに綴っていきます。
同じテーマの執筆者
ご意見・ご要望、お待ちしています!
この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)