2008.07.01
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私が教師を辞めた理由(その1)

欧風カレー専門店『アルパッシェ』オーナー 高柳 新

私が教師を辞めた本当の理由を今まで誰にも話したことはありません。しかし、退職して2年が過ぎ、自分の気持ちを整理するために、ここに記そうと思います。

 まず、私がどんな教師だったか書いておきましょう。
 私は子どもに勉強を教えたくて教師になりました。子どもが好きというよりも、教えることが好きだったのかもしれません。
 教師は人間を相手にする以上、その責任の大きさもわかっていたつもりです。だから、自分のできることは常に全力を尽くしてきました。退職する前の5年間くらいは、年間の平均でも、学校に出勤するのは午前6時前(冬は、まだ星の出ている時間。たぶん、日本で一番早く出勤する先生だったのでは?)でした。6時には校庭に出て、子どもたちの朝マラソンのために、水まきやライン引きなどの校庭整備をして、その後、一日の授業の準備をしていました。子どもが登校する前に、いつも万全の準備をしておきたかったのです。

 私が教師を辞めた理由は一つではなく、数多くの理由があります。それらの総和が許容量をこえたために退職に至ったのですが、その中に大きなものが3つあります。
 実は20代の時から、管理職になることにはまったく興味はなく、直接子どもに教えたり、一緒に活動することのみに全力を尽くすつもりで
「もし、将来、子どものためにする仕事で、少しでもたいへんだと思ったり、実際に手を抜いて仕事をするようになったら教師はやめよう。自分が子どものためにならない存在だと思ったら、もちろん教師は続けられない。」
と考えていました。

 歳をとり、正直に言って、たいへんだと思うことは増えましたが、実際に手を抜いて仕事をするようになったとは思いません。しかし、子どもに対する気持ちは変化をしました。若いときは、子どもの良い面をできるだけ多く見て、誉めることが多かったのですが、歳をとるにつれてだんだん子どもたちを叱ることが増えました。保護者も自分よりも年下ばかりになり、その考え方に同調できないことも増えました。簡単に言ってしまえば世代のギャップを感じるようになったのです。もちろん、安易にそれらに合わせることが良いわけではないはずですが、それにしても、もっと上手い対処の仕方はあったはずです。私には、それらに上手く対処できるだけの心の柔軟性がありませんでした。クラスの子どもから
「先生、怒ってばっかり。」
と言われたとき、自分でもはっきりとそれを認識しました。子どもを叱ってばかりの先生、子どもや保護者に不満ばかり言っている先生が子どものためになるわけはありません。しかし、自分はそうなっていくに違いないと思いましたし、教師としての現状の仕事が変わらないならば、若いときの自分に戻ることも不可能に思えました。

 子どもたちのためにならないならば、教師という職業にしがみついているべきではないと考えていた私は、ついにその時がきたことを感じるようになったのです。辞めた大きな理由のひとつがそれでした。

高柳 新(たかやなぎ はじめ)

欧風カレー専門店『アルパッシェ』オーナー
四半世紀の小学校教師経験と小学生卓球チーム指導者として全国大会の出場経験。そして現在は、学校を外から見ることのできる立場を生かし、現場の先生方を応援したいですね。

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