2023.12.21
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書籍からの学び~吉川幸男氏に学ぶ~(その2)

前回の「書籍からの学び~吉川幸男氏に学ぶ~(その1)」は私が影響をうけた研究者である吉川幸男氏を取り上げました。引き続き吉川氏の文章から日常の授業づくりに活用できると考えていることを書かせていただきます。

大阪市立野田小学校 教頭 石元 周作

社会科で求める「考える力」

吉川氏は明治図書の雑誌『教育科学 社会科教育』において2000年から1年間「社会科で求める『考える力』とは何か」という連載記事を書かれています。前回紹介した「固有名の思考」「普通名の思考」もその連載の一つです。社会科における思考を様々な視点から見ていく大変示唆に富む内容であり、日常の授業を見直すきっかけを与えてくれるように思います。

連載で取り上げられていた内容は以下の通りです。

・「固有名の思考」「普通名の思考」
・「コンテクストの思考」「テキストの思考」
・「合理的思考」「歴史的思考」
・「面の思考」「点の思考」
・「仕事の思考」「遊びの思考」
・「読み手の思考」「書き手の思考」
・「グローバルな思考」「ローカルな思考」
・「現在形の思考」「過去形の思考」
・「理論の思考」「実務の思考」
・「実体の思考」「関係の思考」
・「社会に生きる思考」「社会を生きる思考」
・「可能性の思考」「必然性の思考」

このラインナップを見るだけで知的好奇心が刺激されるのですが、その中で自分なりに咀嚼できて「なるほど、参考になる!」と思ったものを紹介します。

「社会に生きる思考」「社会を生きる思考」

これは、社会科授業の中で登場する「人」についての思考です。「工場ではたらくAさん」「市民防災課のBさん」のように大人社会の中で一定の役割をもつ「公人」として「人」を見るのが「社会に生きる思考」であり、家庭があり、余暇を過ごす「私人」として見るのが「社会を生きる思考」と説明されています。一般的に社会科学習において「人」を見る際には「社会に生きる思考」を働かせてその人の工夫や努力による一定の成果を見ていくことが多いでしょう。それにより社会の仕組みや意味を理解していくことになります。

しかし、世の中の人がすべてその役割がうまくいっているわけではありません。うまくいかず苦労し、悩んでいることも多いでしょうし、中にはその仕事を辞めたり、転職したりすることもあるでしょう。そのような見方をする際に必要なのが、「社会に生きる思考」であり、吉川氏は「物語的な見方」と表現しています。この「物語的な見方」があることにより、社会を多角的・多面的に見ることにつながり、逆にその人に対して共感が深まる可能性もあります。

吉川氏はこの2つの思考の必要性について以下のように述べています。

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社会科で求める「考える力」には、両面が不可分である。「社会を生きる思考」をせず、仕事上の工夫のみを取り上げる学習は、現実から程遠い「きれい事」に堕ちるし、逆に「社会に生きる思考」を欠き、私事ばかり取り上げる学習は単なる「のぞき趣味」に堕するであろう。
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素材を教材化する過程において、「社会に生きる思考」「社会を生きる思考」を意識することで教材として取り上げる「人」をどこまで扱うのかが決まります。教材開発をしなくても、教科書に出てくる「人」について、少し調べることで「社会を生きる思考」が見えてくるのであれば、その姿も見せることは単元の学習を深めることができるのではないでしょうか。

「知の技法」としての考える力

吉川氏は、1年間の連載に最後に以下のように述べています。

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この1年間の連載において、思考の対立軸を中心に検討してきたのも、「考える力」を一方的に規定し、そのような授業事例を構想するよりも、それに対立する方向との引っ張り合いの中で授業過程を展望する方が、社会科の学習としてずっと発展性のあるものになるからである
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この「知の技法」は、社会を捉える「社会科」においてはかなり有効に活用できると思います。対立軸を考えることで違う立場が見えてきたり、違う面が見えてきたりします。また、対立軸を考えるということは、2つのことを考えることになり、そこですでにある程度の俯瞰した見方が生まれます。俯瞰するということはより抽象に向かう高度な思考になっていくということだと思います。そしてそこからはどちらか一方に傾く危うさも見えてくるのではないでしょうか。つまり、吉川氏が再三指摘しているように、対立軸にはバランスが必要だということです。ただし、「世の中で一番大切なことはバランスだ」という歌詞の歌もありましたが、「結局バランスが大事なんだろう」と思考停止になってしまうことは気をつけたいと思います。

個別の事例を見たのなら、全体はどうなのか、地域のことを見たのなら、市や県ではどうなのか、日本の事例を見たのなら、外国はどうなのか、こういった「知の技法」は社会科をより面白くするように思います。まずは、教師が示していくことから、そして子ども自ら使うようになるのが理想だと思います。

斜め方向からの指摘

このような研究者の方の知見は、実践者に大きな示唆を与えます。経験的にも実践者(私)は目の前の子どものことで精一杯になってしまうことが多いので、研究者の方の斜め方向からの指摘やアドバイスは貴重ですし、ありがたいもので、何より「面白い」と思います。「理論と実践の乖離」などと言われることもありますが、学術的な知見から学ぶことはたくさんありますし、これからも学んでいこうと思っています。

石元 周作(いしもと しゅうさく)

大阪市立野田小学校 教頭


ファシリテーションを生かした学級づくりと社会科教育に力を入れて実践してきました。
最近は、書籍からの学びをどう生かせるかや組織開発に興味があります。
統一性がない感じですが、子どもの成長のために日々精進したいと考えています。

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