2022.01.06
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『Coda コーダ あいのうた』 未来に悩んでいる人に贈りたい人間ドラマの傑作!

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『Coda コーダ あいのうた』と『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の二本をご紹介します。

主人公は聴覚に障害のある家族の中で“通訳”の役割を持つ女子高生

タイトルともなった「コーダ(CODA)とは、「Children of Deaf Adults」の頭字語だという。つまり、聴覚に障害のある親を持った、健常者の子どもたちのことを指した言葉なのだ。
学びの場.comにおいても教育インタビューのコーナーで取り上げたことがあるが、なかなかコーダの実情は理解されていない。この映画はまさに、そんなコーダである女子高校生ルビーが直面する問題について真正面から描いている。

ルビーは両親と兄と自分と4人で、漁をしながら暮らしている。毎日朝3時には目を覚まし、父や兄たちと船に乗るのが当たり前の生活。ただ他の漁師たちの生活とルビーの家・ロッシ家の違いは、ルビー以外の家族は耳が聞こえていないということ。ルビーは家族と社会を繋ぐための“通訳”として、大きな役割をずっと担っていたのだった。
新学期、以前から気になっていたクラスメイトのマイルズが、合唱クラブを選択したので、自分も衝動的にそのクラブに参加したルビー。だがそこで、彼女には歌の天賦の才能があったことが発覚する。ルビー自身も歌は好きだったことから、合唱クラブの顧問が薦めるように、音楽大学に行ってみたいと思うようになる…。

ここまで書けばなんとなく展開は想像できるだろう。そう、彼女の前に立ちはだかるのは、現実の壁だ。夢を追いかけたい気持ちはあるが、そうなると彼女は家族の元を離れ、遠い場所に行かねばならなくなる。彼女に頼っている家族は、どうしたって困ることになってしまうのだ。その現実と向き合ってどういう結論を出すかは、観てのお楽しみだが、この映画の素晴らしいところは、コーダの人生を詳細に描くと共に、耳が聞こえない世界を体感させてくれるところにある。

過去のトラウマでなかなか勇気が持てないルビー

まずコーダとして生きてきたルビーには、ちょっとしたトラウマ体験がある。それは初めて学校に来た時、喋り方が変だと皆にからかわれたことだ。確かにずっと聞こえない家族といたら、それが正しい話し方だと思ってしまうだろう。しかしその事実はひどく彼女を傷つけたらしい。その証拠に彼女はひとりの友人を除いて、他の人達とあまり積極的に関わろうとはしない。むしろ避けているといってもよい。

また彼女は本当に歌がうまいし、漁の時にも大声で歌って海原に美声を響かせているのだが、残念ながら家族には彼女の歌声は聞こえない。もちろん学校では、喋り方がおかしいと笑われたせいで、前に進み出るよりは後ろに下がるような過ごし方をしているから、誰にも歌声を聞かせたことなどない。だから合唱クラブで初めてひとりで人前で歌えと指示されても、音痴ではないかと疑ってしまい勇気が出ない。周りの子どもたちがうまかったこともあって、また笑われるかもしれないと危惧したルビーは、どうしても歌うことができず、その場を走って逃げ出してしまう。

ようやく人前で歌う勇気が出ても、なかなか大声を出すことができないルビー。顧問のヴィ先生から何度も「心の中に溜まっている怒りを大声を出して吐け!」と言われ、本当に少しずつ勇気が出て歌えるようになっていく。
何度も迷いに落ちるその姿は、まさしく人間らしい。そんな簡単に10年以上抱えたモヤモヤがスルッと消えることなんてあるわけがないからだ。
そして憧れのマイルズとデュエットをしてみないかという、ルビーにとっては夢のような話も舞い込む。しかしまたルビーは、気後れして、なかなかマイルズと向き合うことができない。そういった彼女の心のひだを、この映画は本当にしっかりと繊細に紡いでいく。

2つの家族の対比で見せる親子のあり方

同じ女子高校生、あるいは女子中学生で、このルビーの抱える想いが琴線に触れない子どもはいないのではないだろうか。それくらい、誰もが抱える将来への不安や、好きな男性への思いや葛藤がしっかりと綴られていて、自然と感動を覚えてしまうのだ。
その一方で、ロッシ家の生き方が素晴らしい。互いが互いをいたわり、支えあう生活をしてきたロッシ家は、本当に驚くほど関係が良いのだ。それこそ、普通の家ではなかなかできそうにない、性の話についてもロッシ家ではかなりオープン。そのせいで、ロッシ家に歌の練習でやってきたマイルズは、とんでもない目に遭うことにもなり(見てのお楽しみ)、ルビーは「家族なんか大っ嫌い」とプンプン怒ることになるのだが。

しかし、そんな具合に巻き込まれてもマイルズにとっては、このロッシ家がうらやましくて仕方がない。それは話の中にしか登場しないが、マイルズの家は家族間の仲が悪いからだ。話に出てくる感じでは、マイルズの家ではかなり両親がマウントを取っている(相手を見下したり、自分の優位性を誇示したりすること)らしく、マイルズ自身はいろんなことが自由にできないらしい。目も見え、耳が聞こえていても、親子のコミュニケーションがうまくいくわけではないのだ。でもそんな親と面と向かっては戦えないマイルズの弱さも垣間見えて、懸命に親とも戦うルビーの人生とは対照的な人生を感じさせる。

一方、ルビーの母親は母親で、ルビーが生まれて耳が聞こえると知った時、この娘とは一生分かりあえないかもしれないと思ったと語る。それは母親が自分の両親(ルビーからすれば祖父と祖母)と分かりあえなかったという過去を持っているからだ。
ただ正直、娘も聾唖であれば良かった…と思ったなんて、ちょっと意外な気がした。でもこの映画で、ルビーがマイルズとデュエットしている時に、その歌が聞こえないというロッシ家目線の描写があるのだが、その時の時間の経ち方といったら。なるほどこれではなかなかわかりあえないというのも理解できる気がした。そういう描写があるからこそ、この映画は聞こえる人の立場も聞こえない人の立場も、身に染みてわからせてしまうので、非常に考えさせられる作品となっているのだ。

特に母親は自分が受けてきたトラウマがあり、何か新しいことをすることにとても慎重だし、どちらかといえば消極的だ。そして兄は兄で、健常者である妹を守ろうとし、「家族の犠牲になるな」と訴え続ける。そういった家族たちの心の動きが、さらに人生について深く考えさせてくれる。

サンダンス映画祭では4部門を獲得した話題作

ちなみにロッシ家の両親と兄役には、実際に聴覚障害のある役者が起用されている。母親を演じたのは、かつて「愛は静けさの中に」でアカデミー賞を獲得したマーリー・マトリンだ。本作の監督・脚本を担当したシアン・ヘダーは、マトリンからいろんなインスピレーションと共にアドバイスをもらったのだそう。そういう部分でリアリティが取り込まれているから、より心に響く作品になったのではないだろうか。そしてサンダンス映画祭で、グランプリ、観客賞、監督賞、アンサンブルキャスト賞をもたらすことになったのだ。

誰しもが、親や家庭を選んで生まれてくることはできない。でも努力すれば、そういった持って生まれた環境をもいろいろ変えていくことはできる。そんなことが登場人物それぞれの人生を見ていると伝わってくる。結局人生を良くするのも悪くするのも、自分自身の選択なのだ。未来に悩む人、不安を感じている人には、素晴らしいエールを送ってくれる本作。是非観ていただきたい。

Movie Data

監督・脚本: シアン・ヘダー
出演:エミリア・ジョーンズ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロー、マーリー・マトリン
配給:ギャガ
2022年1月21日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

Story

海辺の町で暮らす女子高校生のルビーは、両親と兄の4人家族の中で唯一耳が聞こえていた。幼い頃から家族の耳となったルビーは、家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいた顧問のヴィ先生は、都会の名門音楽大学の受験を彼女に勧めるが…。2014年製作のフランス映画「エール!」のリメイク。

文:横森文

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子どもに見せたいオススメ映画

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』

高校生の成長を描いた傑作ドラマついに完結

第3シリーズの最終章となる本作

何度も何度も映画化されてきた『スパイダーマン』シリーズ。第1シリーズはトビー・マクガイア主演&サム・ライミ監督のタッグ、第2シリーズはアンドリュー・ガーフィールド主演&マーク・ウェブ監督で描かれた。そして第3シリーズは、トム・ホランド主演&ジョン・ワッツ監督が、どの『スパイダーマン』よりも青春映画としての要素が強いシリーズとして作りあげている。
その最新作『〜ノー・ウェイ・ホーム』はエンターテインメント作品としてド級の出来となっているが、主人公のピーターの成長物語という意味でも、また自分で考えることの大切さを訴える作品という意味でも、秀逸な作品となっている。
高校生のピーター・パーカー(トム・ホランド)は、15歳でスパイダーマンとしての能力を得て、放課後の部活のノリで世界を救う戦いを繰り広げてきた。が、前作「〜ファー・フロム・ホーム」(19年)で、ヴィランのミステリオに正体をバラされてしまったからサア大変! 「〜ノー・ウェイ・ホーム」は、まさにその直後から話がスタートする展開となっている。

悪党扱いされたスパイダーマン

全世界に自分の正体がバレてしまったピーター。ミステリオが亡くなってしまったこともあり、なんとミステリオが犯した事件が、ピーターが起こしたのではないかと疑われたり、ミステリオを故意に殺したのではないかという疑いが巻き起こる。
かくして困ってしまったピーターは、ドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)に助けを求めるが、ストレンジの駆使した魔術のせいでとんでもない出来事が起こることになる…。

ひとりひとりが考えて判断できる力を育もう

考えさせられるのは、ピーターを取り巻く環境の変化だ。彼の行く先々で、誰もがスマホを取り出して彼の姿を撮影しようとする。しかもピーターだけではなく、彼の友人であるネッド、恋人であるMJといった周囲の人間まで大衆たちは追いかけてしまう。これがなかなか怖い。ひとりひとりとなら対処できるかもしれないが、群衆となるとそれはもう驚異的な力となるからだ。しかも彼らは、本当に本人たちに興味があって撮影しているのだろうか? ただマスコミが注目したから、世間的に話題になっているから、殺到して写真を撮っているだけではないのか。
しかも烏合の衆である彼らは、ミステリオが正しいと報道があれば、それを鵜呑みにしてスパイダーマンを悪と決め付け、彼を罰しようとする。言葉で攻撃するなんて可愛げがあるほうで、時には窓からレンガが投げ込まれたりする。当たったら怪我は間違いなし。アタリどころが悪ければ、死んでしまう可能性だってある。自分でその人のことを調べあげてもいないくせに、勝手に思い込んで正義面してくるのだから、とんでもない話だ。

ひとりひとりが、自分の行動が相手をどんな気持ちにさせるか、それを考えて行動していれば、こんな馬鹿げた出来事は起きやしない。
こんなちょっとした事を理解できれば、それはイジメなどの問題の解決にも繋がるはずだ。日本は特に誰かの考えに流されやすいから映画のようなことが起こりやすい。映画を見て、自分がしっかり意見を、意志を持って行動しないと、いかに人を深く傷つけることがあるかということをちゃんと知るべきだと思う。
こういうことを通して、ピーターは自分の友人や恋人、愛する家族を守りたいと思うようになる。前述した「部活のノリで世界を救おうとしていた」ピーターが、責任感を伴うようになっていくのである。それはヒーローとしての責任問題とともに、ヒーローとしての宿命にも結びついていくのだが、これ以上はネタバレになるので言えない。だがこういう中でピーターは明らかに大人として一歩大きく成長していくし、愛の本質を学んでいく。

特にこの映画は高校生に見てほしい。同じ高校生のピーターが感じること、超えなければならないハードルは、多分ハードルの高低さはあれ、誰もが乗り越えるべきものだと思うからだ。この映画を見れば、どんな人間でも強く生きる力を持たないといけないことがわかるし、頑張ること、自分で考える力を持つことの大事さが理解できるからだ。ちなみに過去のシリーズを見るとより楽しめることは確実。是非予習をして観た上で、いろいろと話し合ってみることが大切な映画だ。

監督:ジョン・ワッツ 出演:トム・ホランド、ベネディクト・カンバーバッチほか 
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
1月7日(金)より、全国ロードショー
©2021 CTMG. © & 2021 MARVEL. All Rights Reserved.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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