教育トレンド

教育インタビュー

2020.10.05
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澁谷 智子 〜さまざまな事情を抱える子どもたち〜(後編)

「CODA(コーダ)」の支援と教育

前編では、18歳未満の介護者を指す「ヤングケアラー」への支援策について、成蹊大学文学部教授の澁谷智子氏に話を伺った。後編では「コーダ」に焦点をあてる。コーダ(CODA)とは「Children of Deaf Adults」の頭字語で、「聞こえない親」をもつ聞こえる子どもたちのことを指す言葉だ。日本社会において、コーダへの認知度はまだまだ低いといわざるをえない。そのため、コーダは親や自分の存在について誰にも相談できず、人知れず悩みを抱えていることがある。
コーダ研究の第一人者として知られる澁谷氏に、コーダの特徴や抱えやすい悩み、学校現場でできる支援策などについて話を伺った。

「聴文化」と「ろう文化」の違い

学びの場.comコーダと、聞こえる親をもつ子にはどのような違いがありますか。

澁谷智子(敬称略 以下、澁谷)基本的に認知の枠組みや行動様式が違うような気がします。代表的な例でいうと、コーダには、視覚重視の「ろう文化」にもとづいたコミュニケーションをとるという特徴があります。聞こえない親をもっているからといって、すべてのコーダが手話を使えるわけではありません。しかし、それでも多くのコーダは、親とのかかわりのなかで親の表情や手話を読み取り、視覚的にやりとりする方法を身につけています。

一方で聞こえる人たちは、音声言語を使ったコミュニケーションをとることを当たり前として生活しています。聞こえる人の「聴文化」と「ろう文化」にはさまざまな違いがあり、コーダがカルチャーショックを受ける場面も少なくありません。

学びの場.com 主にどんなことでカルチャーショックを受けるのでしょうか。

澁谷筆頭にあがるのが、視線の使い方の違いです。コーダは、聞こえない親と日々やりとりをするなかで、相手の目をしっかり見ることを習慣化しています。親に声で呼び掛けても反応は得にくいので、相手の視界に入ってから話をしたり、トントンとたたいて振り向かせてから話をしたりするからです。

しかし「聴文化」では、相手の目を長時間じっと見つめながら話すと、そこに何か特別な意味があるのではないかと深読みされてしまうことも珍しくありません。そのため、コーダの視線は誤解を招いてしまうこともあり、時には「ガンつけられた」と思われたり、異性から「自分のことが好きなのかな」と勘違いされたりすることもあるようです。

一方でコーダのなかにも、ちゃんと目を見ながら話を聞いてほしいという感覚があります。たとえば、並んで風景を見ながら話をするなどの時には、物足りなく感じることがあるようです。相手が目を見てうなずいてくれないと、「ちゃんと話を訊いてもらえていない」と感じやすいといいます。

手話を話す人の感覚も、音声言語で話す人の感覚と違うところもあるようです。これは手話を使う「ろう者」の話で知ったことですが、たとえば腕を組んで相手の話を聞くという行為。声で話す人には尊大な態度に見えてしまったりするのですが、手話で話す人にとっては、相手の話をじっくり聞こうとする態度ととらえられるそうなんです。つまり、「自分の手は動かさない(口は挟まない)」で相手の話を聞こうとする気持ちの表れなんですね。

また、手話と音声言語では、ちょっとした響きやニュアンスの違いもあります。たとえば、手話では名前に「さん」「ちゃん」「くん」をつけるような感覚がないのですが(英語もそうかもしれません)、これを音声に直訳すると、名前の呼び捨て!?と驚かれることもあるようです。

このように、「ろう文化」と「聴文化」では馴染んだコミュニケーションの様式に違いがあります。コーダは「あれ?」と思う経験を何度かしていくうちに、「自分は普通ではないのだろうか」と悩んでしまうこともあるようです。

学校現場で必要な支援

学びの場.com「聴文化」と「ろう文化」の違いのほかで、コーダはどんなことに悩みを抱きやすいですか。

澁谷 多くのコーダは、自分の親が目立ってしまうことに敏感かもしれません。たとえば、学校の授業参観の際に親と手話通訳者がいると、他の子も後ろを向いて手話を見ようとする時とか。親の声が普通と違うと言われることを気にしていることもあります。

こうした特別視や同情、賞賛といった周囲からのまなざしは、コーダにとってプレッシャーとなることもあります。コーダにとって親が聞こえないことはごくあたりまえのことで、同情視されたり「がんばって」と励まされたりする類のことではない、と感じるコーダもいます。

学びの場.com学校現場のなかで、先生方はどのようにコーダを支援していけばいいのでしょうか。そもそも、支援する対象としてみなしてもいいものなのでしょうか。

澁谷支援でいいと思います。なかには「支援されるのは嫌」と思うコーダもいるかもしれませんが、小学校中学年から思春期にかけては、先生方のさりげないサポートがあると、コーダにとって役立つところがありそうです。親が聞こえないというのがどういうことなのかは、先生方にも究極的にはわからないと思います。それでも、コーダが不安に思っている部分をカバーしてあげることはできます。とくに気にかけてあげてほしいのが、進路の相談です。たとえば進学の時期になると、家庭で「高校進学についてどう考えている?」といった話がなされますが、コーダの家庭ではそういった話題が出にくい場合もあります。両親ともろう学校や聴覚障害児教育の中で育っていて、一般の受験や塾通いについてあまり知らなかったり、親自身、自分の聞こえる親と充分に深いコミュニケーションが取れなかったりして、家庭内で親子がどういう会話をするのか知らないこともあります。

親を頼ってはいけないという感覚を内面化しているコーダの場合には、学校の先生が、「行きたい高校ある?」とか「その学校の見学会がいついつにあるよ」「こういう勉強法が効果あるかも」などの声がけをしてくれたら、心強く感じると思います。

コーダのなかには、「他の子は親に教えてもらっているのに、自分は教えてもらったことがない」と感じている人もいます。学校生活のなかでそういうことが出てきやすい思春期には、コーダは不安に押しつぶされそうになっていることもあります。一つひとつの情報は、大人からすると大したものではありません。しかし、自分は情報が足りていないのではないかと不安を感じているコーダもいる、と頭に入れておくだけでも、コーダが学校生活を送るなかで不安を取り除いてあげられる場面があると思います。

学びの場.comありがとうございました。

澁谷 智子(しぶや ともこ)

東京大学教養学部卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス校大学院社会学部Communication,Culture and Society学科修士課程、東京大学大学院総合文化研究科修士課程・博士課程で学ぶ。学術博士。日本学術振興会特別研究員、埼玉県立大学・立教大学非常勤講師などを経て、成蹊大学文学部教授。専門は社会学・比較文化研究。
主な著書に、『コーダの世界――手話文化と声の文化』(医学書院、2009 年)、『ヤングケアラー――介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書、2018年)などがある。

取材・構成・文・写真:学びの場.com編集部

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