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教育インタビュー

2015.11.17
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向井 湘吾 数学の面白さを語る。

算数の自由研究、数学のフィールドワーク…そんな授業があれば、子どもは夢中になれるはず

小説家・児童書作家の向井湘吾氏は、日本数学オリンピック予選でAランクを受賞するほど数学に秀でていながら、東京大学の文系科類に進まれたという異色の経歴の持ち主。数学をテーマに、少年少女の友情や心の成長を生き生きと描いたその作品には、理系と文系とをつなぐ翻訳者のような、向井氏ならではの視点が活かされています。そんな向井氏に、数学を好きになったきっかけから、数学の魅力、小説家を志した理由、子どもが夢中になる算数・数学の授業アイデアに至るまで、独自の視点で余すことなく語っていただきました。

「数学って何の役に立つの?」という疑問に小説で答えたい

学びの場.comデビュー作『お任せ! 数学屋さん』は、数学の苦手な中学2年生の遥(はるか)と、「数学で世界を救う」ことを目指す不思議な転校生・宙(そら)が、生徒達の様々な悩みを数学で解決するという謎解き形式でストーリーが展開していきます。この発想は、どこから生まれたのでしょうか?

向井 湘吾私は昔から数学が好きだったのですが、「数学って何の役に立つの?」と聞かれることはあっても、友達とその面白さを共有することはできませんでした。それが寂しくて、どうすれば皆に数学の楽しさを伝えられるかと考えた末、小説という形に辿り着きました。「数学はこんなことに役立つよ」という答えを、小説を通して多くの人に伝えたいと思ったのです。

学びの場.com『お任せ! 数学屋さん』の第1巻にはスマートフォンなど、いわゆる「いまどきの中学生」らしい小道具や描写がほとんど登場せず、教師と生徒が世代を超えて感想を話し合えるような、普遍的な魅力を感じます。その点は意識されましたか?

向井 湘吾なるべく時代を限定しないようにはしましたが、そこまで強く意識していたわけではありません。とにかく、数学が得意な人は往々にして文系の人から敬遠されがちなので、「両者は決して違う世界の住民ではなく、先入観を捨てて互いの胸の内を知れば、きっとわかりあえる」ということを描きたいと考えていました。

学びの場.comおっしゃる通り、小説では遥と宙は段々理解し合っていきますね。それと共に、遥は数学の魅力に少しずつ目覚めていく――。読み手の子ども達に算数や数学の面白さを伝えるため工夫されたことはありますか?

向井 湘吾子ども達にとって退屈な計算はできるだけ排除し、図や言葉で説明できる範囲で物語を組み立てるようにしています。例えば、小学生が主人公の『トリプル・ゼロの算数事件簿』では、3話のうち2話で、コンパスと定規だけで書ける図形や、大昔に考えられた有名な謎解き問題といった、計算以外の方法で謎解きを展開しています。私の小説を読んで、算数や数学の好きな子が一人でも増えてくれれば嬉しいです。

「遊び」の中で培われた算数への興味

学びの場.comいつ頃、どのようなきっかけで算数を好きになられたのでしょうか。

向井 湘吾小学校低学年の頃、80~90年代に大ヒットしたコンピュータロールプレイングゲームで遊びながら計算を覚えたのがきっかけです。昔のゲームソフトは今よりずっとメモリ容量が少なく、ゲームの中で持てる武器の数には限りがありました。新しい武器を買うには古い武器を売ってやりくりをしなければならず、それにはどうしても計算が必要ですから、その年齢では習わない桁数の大きな計算も自然と身についていきました。
確率に興味を持ったのも同じ頃です。私がよく遊んでいたボードゲームは、2個のサイコロを同時に振り、その合計の目の数だけ駒を進めていくというものでした。その際、出た目の和が7になる確率は高いのに、二つとも同じ数が出るゾロ目の確率は低いことに気づいたのです。学校で確率を学ぶ前から、「なぜだろう」と遊びの中で関心を掻き立てられていました。
また、父の好みで『頭の体操』などのパズル・クイズ本が常に身の回りにあったので、暗号を解読する感覚で楽しんでいました。大人向けの本ですから、小学生には難しい内容も多いのですが、わからなければ答えを見て解き方を確認していました。
このように、数学が遊びの中に溶け込んでいたので、特に意識することもなく、いつの間にか好きになっていた、という感じです。

学びの場.com本にしても、親御さんから「勉強しなさい」と与えられたわけではないのですね。

向井 湘吾はい。無理矢理やらされたという記憶は全くないですし、もし「勉強しなさい」と計算ドリルを与えられていたら、これほど数学を好きにはならなかったのではないかと思います。将棋の渡辺明九段が、「どうすれば子どもに将棋を教えて強くできるか」という質問に対し、「大人が負けてあげなさい。そうすれば子どもは楽しくなって、あとは勝手にやりますから」とおっしゃっているのですが、私もそう思います。子どもは「やりなさい」と言われると嫌になってしまいますが、「やりたい」と自分で選んだものに対しては、すごい集中力で取り組みます。ですから、最初は数学に関する伝記や小説、パズル、マンガなど、いくつか本を見せて、子どもに好きなものを選ばせるといいかもしれません。

数字や記号の裏に「生きた人間がいる」ことを伝えたい

学びの場.com日本数学オリンピックの予選でAランクを受賞されるほどの実力をお持ちでありながら、なぜ大学では文系に進まれたのですか?

向井 湘吾作家志望だったからです。日本数学オリンピック予選に参加する前の中学生の頃には、すでに作家になろうと決めていました。そもそもAランクを受賞したといっても予選ですし、そのレベルの人は他にもいますから、皆さんが思われるほどすごいことではないのですよ。それに数学者になるには、問題を解いた先に何があるか、何に役立つか、などということは一切考えず、ひたすらそれを解くことだけに情熱を傾けるストイックさが必要です。私は数学の問題を解くことは好きでしたが、それ以上に、「この公式や定義はどんな人が見つけて、どんなことに役立ったか」というような、数学にまつわるエピソードに興味を持っていました。ですから、自分の進むべき道は数学者ではないと考えたのです。
それで、高校3年生のコース分けでは文系を選択し、大学は文系科類に進学しました。当初は数学の先生をはじめ、皆から反対されましたが、「作家になりたい」という希望を打ち明けたところ、「夢は大切にするべきだ」と最終的には納得してくれました。数学を小説の題材にしようと思ったのは大学生になってからで、4年生のとき『お任せ! 数学屋さん』を書き上げました。

学びの場.com向井さんが興味を持たれた「数学にまつわるエピソード」とは、具体的にどのようなものなのでしょう。

向井 湘吾これを語り始めると止まらなくなってしまうのですが……(笑)。例えば、350年もの間、数学界最大の難問とされてきた「フェルマーの最終定理」を証明したアンドリュー・ワイルズという数学者は、10歳の頃にこの難問を解くと決めて、ひたすら挑戦を続けました。それを証明したからといって世の中がどう変わるかなんてわかりませんし、もしかしたら、何の役にも立たないかもしれない。でも、彼は人生のすべてを賭け、ついにその謎を解き明かしたのです。
また、一人の女性を巡る決闘により20歳という若さで命を落とした数学者エヴァリスト・ガロアは、死の直前に論文を書き残していたのですが、あまりにも難解すぎたがために、当時は誰一人としてその内容を理解できませんでした。実は、これが今日でいう「群論」で、彼の死から十余年を経て初めて認められ、現代数学に大きな影響を与えました。
数学といえども生きた人間が研究するものですから、その背景には、こうした面白いエピソードがたくさん存在しているのです。

学びの場.comこのような興味深いエピソードを、どこでお読みになったのですか?

向井 湘吾『高校への数学』『大学への数学』という、難関校受験者向けの数学の学習誌です。演習問題とその解説が中心ですが、数学に関する楽しいコラムなども掲載されていて、中学生の頃から愛読していました。そこから興味が広がって、数学にまつわる色々な本を読むようになり、小説へとリンクしていきました。

少しの工夫で、数学の授業をもっと楽しく、面白く

学びの場.com算数や数学の授業で、教師に対して「もっとこうしてくれたらいいのに」と思われたことはありますか?

向井 湘吾計算問題ばかりやらされるのは、つまらないし苦痛でしたね。算数が好きな私でもそうでしたから、苦手意識のある子どもなら、なおさらでしょう。もちろん、計算は基礎として学ばなくてはいけませんが、最初はもっと子どもが興味を持てるようなことから始めてもいいのではないかと思います。
例えば、飼い犬は時速何キロで走るか、浴室で水を出しっ放しにしたら何時間で一杯になるか、など自分で見つけた課題を計算して解く算数の自由研究があってもいい。「その問題を解くには計算が必要ですから勉強しましょう」というのであれば、ただ計算問題を与えられるより、子ども達も意欲的に取り組めると思います。中学や高校で学ぶ証明であれば、答えに至るまでの解き方がたくさんあるので、模範解答以外の解き方を自由に考えさせてみてもいいですね。
また、先程お話ししたような数学にまつわるエピソードを授業の導入に使うのも一案です。ピタゴラスは床の幾何学模様を見て「三平方の定理」を思いついたとか、そんなエピソードも一緒に教えれば、文系の人も数学に興味が持てるようになるのではないでしょうか。

学びの場.com算数だから、数学だからと構えずに、もっと自由な発想で授業の幅を広げてほしい、と。

向井 湘吾はい。社会と同じように数学の歴史を学び、理科と同じように数学のフィールドワークをする、そんな授業があったら自分はすごく嬉しいですね。学校の先生は、夏休みの計算ドリルの量を半分に減らして、こうした課題を取り入れてみてもいいのではないかと思います。
実際、楽しかった授業というのは時を経ても忘れないもので、私が中学生の頃、速さの単元でやったウサギとカメの競争問題は、今も印象に残っています。それは、問1でウサギの走った様子を、問2でカメの走った様子をそれぞれグラフに起こし、問3でウサギとカメのレースに物語風の解説をつけるというものでした。あえて数学には必要のない問3を入れた所に先生の工夫が感じられ、夢中になって取り組んだことを覚えています。

学びの場.com数学の得手・不得手は関係なく、子どもの興味や意欲を掻き立てるには、「楽しく」学べる工夫が必要ということですね。

向井 湘吾それが子ども達に算数や数学の面白さを教える一番の近道だと思います。少し手間はかかりますが、毎授業やる必要はないですから、まずは先生が楽しんで取り組んでほしいですね。

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『お任せ! 数学屋さん3』ポプラ社/¥1500+税
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向井 湘吾(むかい しょうご)

1989年、神奈川県生まれ。東京大学卒。神奈川県立湘南高等学校在学中、日本数学オリンピック予選にてAランクを受賞し、本選に出場。『お任せ! 数学屋さん』で第2回ポプラ社小説新人賞を受賞、2013年に作家デビュー。他の著書に、『トリプル・ゼロの算数事件簿』『かまえ! ぼくたち剣士会』『リケイ文芸同盟』など。

インタビュー・文:吉田教子/写真:赤石 仁

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