教育トレンド

教育インタビュー

2021.05.17
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

篠山大明 「発達障害」への理解と支援(後編)

すべての子どもたちが楽しく学べる環境づくりとは

近年、医療だけでなく、教育の現場でも発達障害への理解・支援が必要な場面が急増している。前編では、信州大学医学部精神医学教室・子どものこころの発達医学教室の准教授であり、同附属病院の「子どものこころ診療部」で臨床に従事する篠山大明氏に、発達障害の定義や診断基準、診療の進め方についてうかがった。後編では、すべての子どもたちが楽しく学べる環境づくりのポイントについて解説したい。

適切な環境調整を行えば、二次障害は防げる

学びの場.com

環境調整の具体的なやり方について教えてください。たとえば、ADHDの特性があり、忘れ物が多い子どもには、どのような環境調整が必要でしょうか。

篠山

発達の特性への対応には、2種類のアプローチがあります。ひとつは、発達の特性があって苦手なところを、少しでも平均値や普通に近づけようとする「ボトムアップ式」と呼ばれる方法です。忘れ物の例でいうと、忘れ物をしないように訓練するのがこの方法にあたります。

もうひとつの方法は「トップダウン式」と呼ばれ、特性があって苦手なところを把握した上で、できること、できないことを検討し、できないことを補充していくやり方になります。最終的には、自身の特性に合った生活環境を、ご本人が自分で整えられるようになることを目標としています。

みんなと同じやり方である必要はありません。忘れ物の例でいうと、「忘れずにすむ方法」または「忘れても大丈夫な方法」を考え、生活を調整していくのがこの方法にあたります。具体的には、忘れずにすむよう、携帯や財布、鍵などを必ず身体にヒモでつなげておく。また、忘れても大丈夫なよう、筆記用具などスペアが揃えられるものは学校にも予備で置いておくといったことが、有効なアプローチになります。

学びの場.com

ボトムアップ式とトップダウン式では、トップダウン式のほうが有効だということでしょうか?

篠山

両方の方法があっていいと思うのですが、普通に近づけようとして無理を強いるような「ボトムアップ式」のアプローチをやりすぎてしまうと、不登校やうつ病といった「二次障害」が起きてしまうことがあるので、注意が必要です。

信州大学医学部准教授・同附属病院子どものこころ診療部医師 篠山 大明 氏

学びの場.com

やりすぎとは、どの程度のアプローチを指すのでしょうか。

篠山

往々にして「がんばればできる」場合、周囲が無理を強いてしまうことがあります。たとえば、じっと座っているのが苦手なADHDの特性をもつ子どもにとって、45分間座り続けるのは相当大変なことですが、必死でがんばればなんとかできてしまうので、周囲も無理を強いていることに気づきにくいということがあります。

しかし、人は本来、ちょっとがんばればできる程度のことしか続けていけないものです。仕事にしても、ちょっと調子が悪いときでもこなせる程度の仕事でなければ続けるのが難しく、毎日死にもの狂いで週7日間働き続ける人はあまりいないですよね。

発達障害も同じです。多くの人がちょっとがんばればできることでも、発達の特性をもつ子どもにとっては死にもの狂いでがんばらないとできないことがあります。それを強いる環境に居続けると、その子は常に無理をしていることになります。このように、発達の特性がある人が、苦手なことに無理して取り組み続けることを「過剰適応」と呼び、二次障害は多くの場合「過剰適応」によって引き起こされます。身近な大人にも困っていると相談できず、怒られないようにごまかすようになってしまうと、大人になってからも人間関係づくりでつまずいてしまいます。

早期発見・早期ブレーキの重要性

学びの場.com

二次障害を防ぐにはどうしたらいいのでしょうか。

篠山

まず、早期発見によって「ボトムアップ式」のアプローチにブレーキをかけることが大事です。早期発見というと、「発達の特性に早く気づき、できるだけ普通に近づけるために行う」と捉える方がいますが、むしろ逆で、無理なことをさせるのではなく、その人に合った育ち方ができるようにするのが早期発見の意義です。

もうひとつは、発達の特性に合った「トップダウン式」のアプローチができるような環境を整えていくことです。たとえば、発達の特性によって45分間座っていることが難しいなら、「15分おきに立って動く」ことを許可するといった「合理的配慮」を行い、その子が勉強に集中できるような環境を整えていくことが大事です。小学生であれば、黒板の前に出てくるような用事を頼んだり、高校生であれば、休憩して体を動かすよう声をかけるといった対応が求められます。

授業は本来、じっと座っていることを練習する場ではなく、勉強をするための場です。座り続けることに精一杯では、当然授業など耳に入ってきません。海外の実験では、椅子をバランスボールにしたら集中度が皆上がったというデータもあります。日本の学習環境においても、「じっと座っていること」に重きを置かず、一人ひとりが安心して学べるような学習環境を整えていく必要があるのではないでしょうか。

学びの場.com

環境調整は、学校とも連携して行っていくのですか。

篠山

さまざまな事情で連携を取れない場合もありますが、できるだけ学校と連携をとるようにします。とくに、ご本人が学校でなにか困っており、学校側の理解や支援を求めている場合は、「支援会議」という場を設定して学校の先生にも病院に来ていただくことがあります。

支援会議の場では、病院側と学校が互いに情報共有をしながら、ご本人が安心して生活できるような環境を一緒に整えていくための手立てを考えます。

学校での支援・教育

学びの場.com

支援会議の場で、先生方はどんな悩みを抱えていらっしゃいますか。

篠山

通常学級の先生方が一番苦労されているのが、他の子どもも見ながら、発達特性に合わせた支援や配慮も担っていかなければならない点だと思います。支援会議の場でも、「もっとこうしたほうがいいのはわかっているけれども、現実的にはなかなか難しい」とおっしゃっている場面をよく見かけます。

学びの場.com

2007年から実施されている「特別支援教育」により、発達障害を含め、特別な教育的支援を必要とする児童生徒に対して支援を行う「特別支援教育支援員」が配置されるようになりました。特別支援教育支援員は、学校が望めば必ず配置されるものなのでしょうか。

篠山

地域や学校によると思います。厚く支援できる地域もあれば、なんとかしたいけれども余裕がないという地域もあるでしょう。

外部の支援が受けられず、担任の先生ひとりで発達障害のある子どもを支援しなければならない場合、行き届かない部分があるのは当然のことです。その場合、大事なことは「できればこうやって支援していきたい」という思いを支援者間で共有し、できる範囲でやっていくことだと思います。

また、現状を変えるためにも、学校側に「外部の支援を必要としている」と訴え続けることも大事だと思います。

「合理的配慮」と「特別扱い」は違う

篠山

適切な支援を行いたいけれど、余裕がなくてできないという先生がいらっしゃる一方で、「合理的配慮」の提供が「特別扱い」につながることを危惧している先生もいらっしゃいます。しかし、発達障害にかぎらず、児童生徒一人ひとりの個性に合わせた教育を「特別扱い」とはいわないのではないでしょうか。

そもそも発達障害にかぎらず、子どもたちの能力には差があり、その子どものレベルに合った課題設定が必要です。たとえば、水泳の授業を例に考えると、どのくらい泳げるのか、またどのくらいの速さで泳げるのかといった能力は個々に異なります。このとき、50m泳げる子どもにはこのタイムで50m泳ぐという課題を、泳ぎが苦手な子どもに対してはビート板を持って10m泳ぐという課題を与えることを、決して「特別扱い」とはいわないと思います。

学びの場.com

先生だけではなく、他の生徒や保護者からも「特別扱いではないか」と疑問を抱く声がありそうですね。

篠山

よく聞く話なのですが、発達の特性から宿題をすべて行うことが難しい子どもに対し、「宿題の量を減らす」といった合理的配慮をした場合、他の子どもが「特別扱いでずるい」と言うそうです。そんなときには、配慮が必要な子どもに無理をさせるのではなく、「ずるい」と言ってきた子どもの宿題の量も減らしてあげればいいと思います。

とはいえ、本来楽しんで勉強していれば「ずるい」という感覚は生まれません。そのような声が聞こえてきた場合には、皆が楽しんで学べるような学習環境づくりについて、根本から見直す必要があるのかもしれません。

また、基本的に子どもは大人の姿を見て育ちます。子どもが「特別扱いでずるい」と発言するのは、保護者のそのような言動を見ているからです。子どもの意識を変えるためにも、まずは大人の意識を変えていくことが大事だと思います。

学びの場.com

最後に、学校の先生方にメッセージをお願いします。

篠山

学校の先生は子どもと毎日接しているので、目の前のことで手一杯になってしまうことがあると思います。そんなとき、医療関係者や他の支援者と連携し、支援の方向性がずれていないことを確認するだけで、長期的な視点をもちやすくなるのではないでしょうか。場合によっては、「ここは無理にがんばらせなくてもいいんじゃないか」といった発見があるかもしれません。

学校と病院が連携することは、両者にとってメリットが大きなことです。病院側からは、生育歴などから明らかになった個人の特性について情報を提供することができますし、私たちは学校の様子を知ることで、子どもが持っている力や特性、性格的な部分もより深く理解することができます。ぜひ互いに協力し合いながら、子どもたちが安心して生活し、学べるような環境を一緒に整えていきましょう。


篠山 大明(ささやま だいめい)

信州大学医学部精神医学教室准教授・同附属病院子どものこころ診療部の医師。1998年に東京大学理学部地球惑星物理学科を、2004年に信州大学医学部医学科を卒業。同附属病院精神科の医員などを経て、2013年に信州大学大学院医学系研究科博士課程を卒業。2016年より現職。発達障害に関する学術論文多数。「月刊 教育と医学」に連載中。

取材・文・画像:学びの場.com

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop