教育トレンド

教育インタビュー

2017.01.18
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本田 真美 発達障害と学校・医療の連携を語る。

“指導案B面”で、たった一人のための授業をやってみてほしい。

文部科学省の調べによると、小・中学校の通常の学級に在籍する子ども達の約6.5%が「知的発達に遅れはないものの授業や学校内の活動で著しい困難を示す」(2012年)という。ADHD(注意欠陥/多動症障害)やLD(学習障害)、高機能自閉症なども含め、障害のあるすべての子ども達を対象にした特別支援教育は2007年から実施され、教育現場では「発達障害」への関心、対応の必要性が年々高まっている。特別支援教育には学校と地域の福祉、医療の連携が欠かせない。長年、発達障害の子ども達を診療する小児科医の本田真美氏に、子ども達を取り巻く現状と課題を聞いた。

発達障害は障害なのか、個性なのか

学びの場.com発達障害の子どもが増えていると言われています。大人になってから診断される人も多いそうですが、本田先生は、発達障害とはそもそもどのような症状とお考えですか? 

本田真美私は20年近く、発達障害と言われる子ども達を診てきました。知的障害と発達障害の診断の評価軸は異なります。ADHDやASDなどの発達障害は脳機能の問題で、私はその子の「認知特性」(後述)や気質の偏りによって生じるものだと考えています。その偏りが大きすぎると、学校生活をはじめとする対人関係、つまり社会生活で問題を起こしてしまうのです。認知特性や気質はどこからどこまでが正常というものはありませんので、どこからが障害といえるものでもありません。周りの環境や接する人達の理解、学校なら教師達の対応によって見方は異なると思います。つまり障害にもなるし、「個性」にもなる、そういうものだと私は考えています。

学びの場.com本田先生はクリニックでの診療だけでなく、世田谷区の教育委員会に参加するなど学校教育とも連携されています。特別支援教育が始まって、もうすぐ10年になりますが、先生はどのように評価されていますか?

本田 真美特別支援教育で特に難しいのは、知的障害を伴わない、つまりIQは低くないけれども教室で問題行動をする子達への対応だと思います。通常学級でも7%近くが発達障害のスペクトラムを持っていると言われていますが、この中には、いわゆる「のび太・ジャイアン症候群」(精神科医の司馬理英子氏が命名した造語)の子ども達も少なくないと考えられます。私が感じている疑問の一つは、昔から小学校にいた――40人学級なら2~3人はいたと思います――のび太やジャイアンのような子ども達が、特別支援教育という“配慮”をされたが故に、通常学級から特別支援学級にはじき出されていないか、ということです。教師や周りの子ども達の対応や理解によっては、通常学級でがんばっていけたであろう子ども達までが配慮の対象になっていないか、気になります。 クラスからのび太やジャイアンのような子達がいなくなると、他の子ども達にとっても損失が大きいと、私は思います。色んな子ども達がいて、トラブルもあるけれど解決方法も学んでいく、それが人間形成の上で重要なことだからです。

学びの場.com学校側から、病院に行って診察を受けるよう指示される子どもが増えていると聞いています。

本田 真美ええ、多いですね。医者としては悩ましい所です。と言うのも、発達障害という診断をつけてもらい、薬を処方してもらうことに意義を感じている親御さんや先生方が多いのです。でも、医者が「発達障害」と診断した所で、何の解決にもなりませんから。私は最初に親御さんにこう話します。お子さんはそういう気質を何かしら持っている可能性は高いけれども、それを「障害」とするか「個性」とするかは、周りの環境が決めることですよ、と。

学びの場.com学校と医療の連携という点はいかがでしょうか。

本田 真美地域によってまちまちだと思います。医者が教育現場まで顔を頻繁に出すことは難しいですし、学校の先生も医者にはなかなか相談しにくい所があるように感じます。

アベレージ=ノーマルの考え方が基準外の子を作り出す

学びの場.comのび太やジャイアンのような子ども達までが特別支援教育の対象になる、その原因や背景をどのようにお考えですか?

本田 真美日本の学校教育はアベレージ志向が強いのではないでしょうか。学校教育に限らないかもしれませんが、アベレージ、イコール、ノーマルととらえる傾向が強い。そうすると、アベレージから外れると異常になってしまうわけです。 IQで言うと、90~110の子ども達が50%。ここがアベレージです。75以下は2%で、これは知的障害に分類されます。同じように、130 を超える人も2%以下で、生物学的には異常となります。2%しかいない人は“基準外”ですから。そして基準外は排除しようとする。IQに限らず、アベレージ=ノーマルの考え方が基準外の子ども達を生み出し、その子に「発達障害」というレッテルが貼られる危険性があります。

学びの場.com発達障害の子には特別な才能を持っている子も多いと聞きます。

本田 真美アベレージはあくまでもアベレージ。飛びぬけた才能や気質を持つからこそ、得られる地位や社会的成功があると思います。日本でも社会でリーダーになっている人や、富を築いている人の多くは発達障害を持っていると言われます。著名なスポーツ選手や起業家にも多いんですよ。その突出した「個性」が社会的に才能として認められるか、障害と見なされるか。この差はものすごく大きく、かつ表裏一体とも言えます。両者を分けるものは何かというと、それは幼い頃の親や学校の対応だったりサポートだったりするわけです。 外国では、IQ150の子は、gifted(ギフテッド=神から与えられた特別な才能を持つ人)と呼ばれます。飛び級制度のあるアメリカやイギリスでは、ギフテッドの子は当たり前のようにどんどん飛び級して、その希有な才能を社会で開花させる人も出てくるわけです。映画『レインマン』の主人公のように、自閉症だけれどトランプの数字を一瞬にして記憶するようなズバ抜けた能力を持っている人もギフテッドですね。

学びの場.comその子の能力を生かせないのは、その子にとっても、社会にとってももったいないですね。

本田 真美飛び級も落第もない日本の小中学校では、授業と能力のレベルがズレてしまうのは仕方ないことかもしれませんが……。私の外来に来ていたADHDとASDの複合型の子は、小学1年生の時に5年生で習う漢字が読め、計算もできました。その子が1年生の時のことですが、知っている漢字を使って作文を書いたら、ほとんどの漢字がひらがなに直されて返ってきたそうです。授業で習っていない漢字は使ってはいけませんと……。何をもって教育とするのか、アベレージに収めることが重要なのか。考えさせられました。

思考方法の嗜好=認知特性に合った教え方をすれば理解できる

学びの場.com先ほど、発達障害は「認知特性」の偏りと話されましたが、認知特性とはどういうものですか?

本田 真美認知特性とは見たこと、聞いたこと、読んだことなどを頭の中で理解したり、整理したり、記憶したり、表現したりする方法のことです。人間、色々嗜好がありますが、思考方法にも嗜好があります。 発達障害に限った話ではなく、すべての子の学びには「認知特性」が大きく影響しています。同じ映画を見ても、その理解の仕方や記憶の仕方は認知特性によって異なります。クラス皆が同じテストを受けて同じ解答を出したとしても、その解答に至るまでの考え方は、その子の認知特性によって違います。 特性は視覚優位、言語優位、聴覚優位と大きく三つに分けられます。学校の授業は主に言語を使って行われますから、言語優位の子には合っている。成績の良い子には言語優位の子が多いです。教える側も言語優位の人が多いので、言語で、ロジカルな教え方をすることが多い。一方で、言語だけではうまく理解できない子もたくさんいます。例えば、視覚優位の子は画像を取り入れると理解しやすい。ですから成績が悪いからといってその子の学習能力が低いわけではなく、学習方法が認知特性に合っていないだけとも考えられます。逆に、その子の認知特性に合った教え方をすれば、その子の理解はグンと伸びるはずです。

学びの場.com発達障害の子の認知特性に何か特徴はありますか?

本田 真美発達障害の子は認知特性の偏りが大きいですね。しかし、偏りが大きいほど、その子の持つ可能性は大きいとも言えるのです。

学びの場.com発達障害と言われる子達の認知特性を知る必要があるということですね。

本田 真美発達障害の子に限らず、ですね。一人ひとりの認知特性に合った指導ができるのが理想ですけれど。 先日、東京八王子の公立小学校の校長先生とお会いする機会がありました。感心したのは、その小学校では『指導案B注1』というものを作っているそうです。A面は正式な指導案。B面は、「そもそも子どもは授業になんて興味はないものだ」という所から考えた案。皆が等しく同じ教育を受けるのがよいとするのがA面だとすると、B面は、この子一人のためだけの授業をしてみようという考え方です。通常の授業に興味を持てない子のために、1回でいいから、その子が興味を持てる授業を、その子が主役になれる授業を考えてみようと。そんな授業だったら、どの子も聞いてみたくなるだろうなと思いました。

みくりキッズくりにっく院内の広々とした運動療法室。ボルダリングやトランポリン、吊り遊具などが設置され、専門の作業療法士によるハビリテーションを受けられる

みくりキッズくりにっく院内の広々とした運動療法室。ボルダリングやトランポリン、吊り遊具などが設置され、専門の作業療法士によるハビリテーションを受けられる

学びの場.com教師の任務の重さを感じるお話です……。最後に教師へ要望とアドバイスを。

本田 真美小学校の先生という存在は、どんな子にとっても重要な立場にいる大人だと思います。特に発達障害の子にとっては、先生は人生を左右する、決定的とも言える存在です。幼少時に適切な対応をとることで、成長と共に社会での適応ができるようになります。子どもは、学ぶ力がありますから、成功体験を積ませることで、良い行動を伸ばしていくことができます。逆に、問題行動は、その子が自分を否定されたり自信を無くしたと感じた時の表現方法ですから、その子のSOSとしてとらえてほしいと思います。 先生方へのお願いとしては、ぜひ、一人ひとりの特性を理解して対応していただきたいということです。私は、のび太やジャイアンのいるクラスの方が子ども達にとっていい環境だと思います。もちろん医療が必要な子もいるでしょう。私も医療者の立場から学校とどんな連携ができるのか、試行錯誤していきたいと思います。 ※1 『指導案B面』:電通総研「アクティブラーニング こんなのどうだろう研究所」と、八王子市立弐分方小学校 校長 清水弘美氏とで開発中。

本田 真美(ほんだ まなみ)

医学博士、小児科専門医、小児神経専門医、小児発達医、みくりキッズくりにっく院長
1974年、東京都生まれ。東京慈恵医科大学卒業、国立小児病院、国立成育医療研究センター、都立東部療育センターなどで肢体不自由児や発達障害の臨床に携わる。世田谷区教育委員会、世田谷区総合福祉センターの嘱託医を務める。2016年、東京世田谷に「みくりキッズくりにっく」を開院。著書に『医師のつくった「頭のよさ」テスト 認知特性から見た6つのパターン』(光文社)、『タイプ別「頭がよい子」になるヒント』(自由国民社)など。「みくりキッズくりにっく」公式サイト:http://micri.jp/

インタビュー・文:佐藤恵菜/写真:言美 歩

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